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才能に満ち溢れた世界
すると、ひなたがケープをごそごそとさせながら、鏡越しに映る大同に向かって言った。
「良いですよ、私。別に」
「え、でも、」
鏡に映るひなたの表情は、先ほど「りく」で見せた笑顔とは真逆だ。
「今だってこの髪型だし、抵抗ないです」
生え揃ってきたとはいえ、会社の食堂で披露した五分刈りから、そんなには伸びていない。
もちろん、ウィッグの相談に来たつもりだった大同には、衝撃のひなたの反応だ。
「いやいやいや、ちょっと待って」
大同が躊躇する理由。美容師滝田の提案。
髪の色を抜きシルバーに染めて、もう少しだけ髪を刈り揃え、ところどころにエクステをつけて長短を出す、というものだったからだ。
(それじゃ、まるで軍隊ヘアだろ)
けれど、ひなたの反応を見て、滝田が再度、交渉に乗り出してきた。
「お、ひなたちゃん、オッケーなの? じゃあ、俺、頑張っちゃうけど?」
「ちょっと、滝田くん!」
「大同さん、一度やってみましょうよ。ぜってえ、似合うからさ」
「でも、ひなちゃんは女の子なんだから……」
「ひなたちゃん、中性的だし、かっこいいと思うんだよな」
「滝田くん、他人事だと思って、」
「ウィッグより、地毛の方がもちろん自然だし、カメラマン鮫島もそっちの方がめっちゃ喜ぶって」
「言っとくけど鮫島くんのためじゃねえからなっ」
鏡越しで二人の様子を見ていたひなたが、口を開けた。
「大同さん。私なら、大丈夫ですけど」
飄々とした表情で言う。
「オッケー、じゃあ、やっちゃうぜっ」
「ちょっと、滝田くんっ」
(まったく、若い奴らってのは、こうもノリが軽いのか……)
確かに今の若者はビッグマウスではあるが、実力もセンスも伴って然り。勘や感覚も自分の世代にはないものを持っているし、芸術分野がこうも才能に満ち溢れているのだということも理解しているつもりだ。
だが。
腰に挿したハサミを取り出して、シャキンとポーズを決める滝田を見て、大同は心の中で溜め息をついた。
「じゃあ、髪の色を抜かないといけないし、シルバーにするのに数週間はかかりますんで、鮫島くんに完成したら教えるからって、連絡しといてください」
「……うーん、わかったよ」
渋々返事をすると、「大同さんも帰っていいですよ」と言われる。
(なんだよ、それぇ)
軽くあしらわれて憤懣やるかたなしだ。
けれど、
(若いセンスに任せてみてもいいかもしれねえな)
思い直す。それから少しのスケジュール的なやり取りをしてから、複雑な気持ちを抱えたまま、大同は渋々タクシーで帰途についた。
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