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『 I need you 』
大同はへらと笑いながら、ビルに設置されている大型ビジョンを指さす。
同じCMが、また始まる。
女性が顔を戻して画面を見たのに合わせて、大同も顔を上げて画面を見る。
アップになった女優がカメラを真っ直ぐに見て、何かを喋っている。最近、演技力を評価されるようになってきた若手女優のひとりだ。
大同は、きょろっと周りを見た。
行き交う人々。だが足を止めて大型ビジョンのCMを見ている人はいない。
この時点で、このプロモーション動画にたいした集客効果がないという現実を、目の当たりにさせられている。大同は以前より、そのCMが完全に失敗していることに気がついていた。だが、これほどまでの人々のスルーを見れば、改めて落胆してしまうのは仕方がないことか。
だからこそ、この目の前にいる女性の、食い入るようにCMを見る目が気になった。
大通りの信号が赤になったのか、パアアッと車のクラクションが鳴らされて、大同は女性をもう一度、見た。その時、CMの女優の発した言葉が、その甲高いクラクションの音で見事に掻き消された。
彼女の横顔。高い鼻だな、大同がそう思っていると、
「あれ……あの女優さん。今、なんて言ったんですか?」
ようやく女性が、口を開いた。
おやと思いつつ、大同が答えて言った。
「『 I need you 』って言ってるんだよ」
言った言葉が思いのほか、恥ずかしさを連れてくる。
(……はは。寒みいセリフだなおい)
大同は苦笑しながら、頭を掻く。その間もCMは続いている。
すると、大型ビジョンを見つめていた女性の口元がもにょと緩んだ。
「すごい……カッコイイ」
口角の少し上がった唇が、スローモーションのように目に飛び込んできた。
とても美しく動いたように見えたのだ。
(形の良い綺麗な唇だ)
女性の唇に気を取られていたら、いつのまにか、女性は大同を見ていた。
「カッコイイCMですね」
もう一度、言う。
大同はニコッと笑って、「ありがとう」と言った。
女性が、不思議そうな顔をしたのを見て、慌てて付け足した。
「俺の、会社」
今度は大型ビジョンに社名が出るところを、指差す。
すると、女性の身体が揺れた。揺れた拍子に、ウィッグだろう栗色の髪が一瞬、頬に掛かってから収まった。
「そうなんだ」
大同は、はっと息を呑んだ。
笑った顔が、好みの顔だった。
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