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予想通りの噂
いつもなら、女性の手はたっぷり時間をかけて握るようにしているが、ひなたの手前、今日は直ぐに手を離して、引っ込めた。
人差し指を立てて、自分を指す。おどけて言った。
「え、俺のこと知ってる? もしかして、俺ってば有名人?」
「知ってますよー。もちろん有名ですよー」
滝田と鮫島も、モエの側でニヤニヤと笑っている。
「……変な噂じゃないといいけど」
ちらっと、ひなたを見る。するとひなたの視線とかち合った。
「はは、」
ドキッと胸が鳴ったのを、薄ら笑いでごまかす。変な噂話を耳に入れたくない、そう思ったのに、若者たちの話はどんどん先を急ぐように進んでいく。
「ナンパでチャラいって」
「すっごいモテるって」
「恋人が一人だった試しがないって」
三人三様に、はやし立てる。ちょっと待て、と大同は心の中で焦った。
「いやいやいやいや、そういうんじゃないから。恋人は常に一人だし、そんなの事実じゃねえし」
「取っ替え引っ替えってやつでしょ?」
「昨日の友は今夜の恋人って名言、凄えなって」
「……そんなこと言ってねえって。それより、君たち仕事しようよ」
あはは、と笑いながら、各々がようやく手を動かし始めた。三人が奥の部屋に入っていく姿を見て、大同はほっと胸を撫でおろした。
「なあ、ひなちゃん」
三人を追って部屋へと向かおうとしたひなたに声を掛け、その足を止める。ひなたはちらと後ろを振り返って大同を見つめた。いつもと変わらない無表情が、大同の心を射抜く。
「……えっと、」
手で頭を掻く。
「あのな、今の話、本当じゃないから信じないで」
(うわ、俺、なに弁明してんだ、)
羞恥の気持ちが湧き上がる。ひなたは、キョトンとした顔を浮かべて言った。
「信じるも何も……予想通り過ぎて。そうなんですかってだけですけど」
冷たく言い放ってから、ひらりと踵を返して、奥へと入っていった。
「ちょ、ちょっと待って」
情けない声。あーあ、と髪をガシガシとかき混ぜる。
大同は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてから、ひなたの後を追った。
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