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満ちていく、なにかの感情
鹿島が最後の楽しみにと残していた焼き鳥を口に入れる。もぐもぐと咀嚼しながら言った。
「小梅ちゃんはだなあ。初めて会った時にはもう好印象だったんだよ。見ず知らずの俺のためにだな、花奈への花束を作ってくれたんだ。しかも閉店時間、過ぎてるのにだぞ。普通は追い返すだろ」
「ん、」
「その時にはもう、良い子だなって思ってたなあ。ただ、小梅ちゃんは若いから、俺みたいなおっさんじゃ、範疇外だろうなってのはあったけどな」
「範疇外がなあ、範疇の中に入ってきちゃうってことあるんだな」
「ここにいい見本がいるだろ」
「俺はな、範疇外なんだよ、いまだに」
好みとはまるで正反対の、あの細い身体。いつもは愛想も何もない、貼り付けたような鉄面皮。
「視聴させてもらったけど、美人だよな」
面白いことは言わないし、なかなか笑わない。
「若いしね」
「幾つ?」
「24」
「そうなのか。24でガンだなんて、きついな」
「ああ」
大同は、試写会の時のことを再度思い出していた。
その時。ひなたは、大同と羽多野に挟まれる形で、スクリーンの前に置いたイスに座っていた。
あと五分で試写が始まる、という時。
突然、ひなたが隣に座っていた大同の肩に、その小さな頭を乗せてきて寄りかかってきたのだ。
(おわっ、なんだなんだ?)
最初、勘違いをした。ひなたが、甘えてきたのだと思ったのだ。
心臓が鳴った。ドキドキと鼓動は徐々に高鳴っていき、そのうち顔もどかっと火照ってきた。
周りにたくさんの人がいたからか、小っ恥ずかしい気持ちもあり、寄りかかられた肩には知らず知らずのうちに力が入ってカチコチだ。ひなたの短い髪が大同の頬をそっと撫でて、ふわっと軽い香りがした。
緊張もしたし浮かれもした。
もう少しで、その髪にキスの一つでもしてしまいそうな自分がいるのを感じていた。
そして、さらなる嬉しさもあったのだと思う。心が、なにかの感情でじわりと満ちていくのを感じた。
けれど。
寄りかかっていたひなたの身体から、力がするすると抜けていき、そのまま折り重なるように倒れていくのに大同がようやく気づいて抱きとめた時。
さあっ、と引き潮のように血の気が引いた。
「ひなちゃん、どうしたっ、ひなちゃんっっ‼︎」
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