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怒りの中で
ころころとよく笑うモエと比べると、ひなたは圧倒的に笑わない。
大同の渾身のネタを、ひなたは意味もわからずにスルーしてしまうこともよくあった。
「笑いどころがわからない時があって……」
ひなたはがそんな自分をつまらない女だと思っていると、カメラマンの鮫島に聞かされたことがあった。
「もっと愛嬌があればイイんですけど、って言うんっすよ」
「……そんなこと言ってたんだ」
「じゃあさあ、もっと笑ってごらんよ、ひなたちゃん可愛いから、って言ったんす。でも、なんか上手に笑えないんだって。楽しいとか、嬉しいとかの神経がイカレテるんだって、言うんっす……ってまあ、そんな感じで、とにかく自分は愛想もなくて可愛げがない、の一点張りっすよ」
鮫島が自前のカメラを、くるくると回しながらチェックしているのを、大同は暗い目で見ていた。さらに訊く。
「イカレテるだなんてなあ。そんなことないと思うけどなあ……」
「でしょ? 俺、なんか居たたまれなくなっちゃって。ひなたちゃんはいつもクールにしてるから、少し笑っただけでもこっちはギャップ萌えだから、もっと笑ってみなよ、って言ったんす」
鮫島の話を聞けば聞くほど、胸に暗雲が広がっていくようで、大同の気持ちはますます暗くなった。
俺、イイこと言ったっすよね、と鮫島がドヤ顔で言うのも気に入らず、大同は言い放った。
「なあ、鮫島くん。君はもうひなちゃんにモデル頼むんじゃないよ」
「えー、どうしてですか? ちゃんと俺、ギャラ払ってるし」
「ひなちゃんは一般人だよ。金を渡してモデル頼むなんて、援助交際みたいなことはやめなさいよ」
「それ言ったら大同さんだって同じじゃないっすか……それに本人が良いって言ってるんすから問題ないっすよね。ひなたちゃん、肌綺麗だから今度ヌードでも頼んじゃおっかな」
鮫島の軽いノリに、キレた。ひなたが倒れた時に抱いた、細い身体の感触がオーバラップする。
「おいっ、いい加減にしろっ」
もう少しで、胸ぐらを掴むところだった。握りこぶしに力を入れて、とどまった。
「じょ、冗談ですよ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろう」
声を落として、睨みつけるような声で言う。
「……すみません」
慌てて謝る鮫島だったが、大同はムカつく気持ちを抑えられなかった。そしてそんな自分に自分でも驚いたのだ。
ひなたを茶化されて、ムカつく自分がいることに。ヌードだなんてその一言で、ひなたを汚されたような気さえした。
「大同さん、列、動きましたよ」
ひなたの声に、はっとする。
鮫島の件は、今思い出すだけでも、許すことができないほどの嫌悪だった。
「ごめん、考え事してた」
「ここ狭いから、詰めちゃいましょう」
チケットをまだ購入していない人が数人、スタッフに促されて列から離れていくのを見ながら、大同は数歩、前へと進んだ。
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