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手に入れられなかったものは
「まあ、そんな落ち込むな」
数ヶ月ぶりの企業の合コンパーティーに呼ばれて、この日大同は都内の高級ホテルに足を伸ばしていた。
「こんなことしてる場合じゃあねえのにぃ」
シャンパングラスを二つ持ち、隣で立っている鹿島に向かって、皮肉の一つでも言いたいと、大同は睨みを効かせた。
鹿島が差し出してきたグラスを一つ、受け取る。
「鹿島。お前はヒマだから良いだろうけど、俺はプライベートが忙しいんだよ。今は仕事なんて、どーでもいいっつったのに」
「バカか、こんな機会滅多にないぞ。チャンスだろ。それに忙しいって言うほどのプライベートかよ」
「うるせー」
「見事な玉砕っぷりだな」
「うるせえっての!」
大同はシャンパンをぐいっと飲み干すと、近くにいたボーイを呼んで、空のグラスとシャンパングラスを交換した。
「まさか、本気の告白が信じてもらえないとは……イタイな、おっさん」
鹿島の言葉がぐさりと刺さる。
「これも宿命か。俺らおっさんはフラれる種族なんだなあ」
「悪いが、俺はフラれない種族に属している」
鹿島がグラスに口をつける。ちびりと飲んで、会場を見回している。仕事のできそうな相手を探す鹿島の様子に、大同もなんだよもうと溜め息をつきながら、同じように会場を見回した。
「あ、ヤバイ」
鹿島のその声で、大同も鹿島の視線の先へと、目を向ける。
すると、鹿島の元恋人だった花奈が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「なんだよ、これそういうパーティーじゃないってのにな……まったく」
小さな声で呟くように言う鹿島の気持ちもわかる。今回はお披露目や記念パーティーなどではなく、企業と企業のマッチングを狙ってのパーティーだ。
企業の取締役の面々が、名刺交換や情報交換する場であり、社交界の催し物でないことは、確かだ。
「あー……っと、でも確か花奈さん、最近父親んとこの副社長かなんかになったんだったな」
「まあな」
こそっと話していると、花奈が目の前へとやってきて、声を掛けてきた。
「お久しぶりです……大同さん、鹿島さん、」
(こりゃ、俺の出番かな)
大同は鹿島よりずいっと前に出て、挨拶を交わした。
「おう、花奈さん、久しぶりだな。元気にしてた?」
「はい、大同さんもお元気そうで。相変わらず、おモテになってますね」
ここでもか、辟易しながら、応える。
「いやいや、全然だから。今夜は女の子全然いねえなって、思ってたとこ。良かったよ、花奈さん居て。そのドレス、似合ってるね」
口から出る、毎度のお世辞。けれど、綺麗だね可愛いねのいつもの褒め言葉が不思議と出てこない。
「うちは大同さんのところにはお世話になりにくい業種ですから、せっかくのツテが生かせなくて残念です」
花奈は、鹿島に対して完全無視を決めたのか、大同ばかりに話し掛ける。大同もその雰囲気に居たたまれなくなり、「花奈さん、俺、ちょっと良いカクテル教えてもらったんだよ」
そう言って、鹿島から花奈を遠ざけた。バーカウンターへと誘い、最近会社の若い社員に教えてもらったカクテルの名前を伝える。
すると花奈は、ありがとうございますと言って、大同に身体を寄せた。
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