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偶然を装って
「来るな、とは言わないけれどねえ」
羽多野が、カップのコーヒーを飲みながら、呆れて言った。
「俺は、CMの効果をだな、」
大同が、慌てて言う。
ひなたに初めて出会ったこのハタノパートナーズ本社ビルの大型ビジョン。偶然でもひなたに会えないだろうかと思って、足を運んでいるとは口が裂けても言えない。
(あーあ、俺。……だっせえなあ)
そうは思うが、こればかりは仕方がない。
ひなたを好きだと認めた水族館でのあの日以来、ひなたの顔を一度も見ていない。
「お陰様で好評だよ。僕は朝昼晩と三回、どんなもんか様子を見に行っているけど、大型ビジョンの前には常に数人の人だかりが出来ているし、それに受付の子に聞いたら、パンフレットが飛ぶように出ていくから、増刷の発注をしたと言っていたし……僕が様子を見ているから、大同はそんな頻繁に来なくても、」
「同じ会社なんだから、べ、別に良いだろ?」
「同じ会社って言ってもねえ。お前、勤務先、完全に間違えてるでしょ」
羽多野がさらに呆れ顔にすると、近くのデスクに寄りかかった。
「で、結論を言うとだね。僕のとこは少しだけど受注は増えている。ぶっちゃけお前んとこはどうなの?」
大同は、ソファでくつろぎながら、両手を上げてうーんと伸びをした。
「俺んとこはなあ、実はそんなにだ」
「ここから6駅の距離って、やっぱ大きいねえ。でも、大同知ってる?」
羽多野が、タブレットを持ち出してくる。スライドさせながら、大同の横に座った。
「これ見てよ」
覗き込むと、画像をアップにする。
「うわ、ナニコレ」
「検索のトップワードに『MJ』と『ハタノ』あるでしょ?」
「本当だ、凄え」
「数日前に出てたのをスクショで残しておいたんだよ。お前、こういうのは見ないでしょ」
羽多野が、スライドさせながら言う。
「……ただねえ、その後に『CM』『誰?』って続くんだけどね」
はは、と苦笑い。大同は足を組んで、ソファの背もたれに身体ごともたせかけた。
「けど、知名度は上がったってことか」
「そうね」
羽多野がデスクにタブレットを置いて、腰を預ける。
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