今までどうやって、生きてきたのだろう

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今までどうやって、生きてきたのだろう

多幸感。 初めて手に入れたもの。 胸の中にぎゅっと詰めて、外へと逃げないように柵でもして、そして……。 「なあ、それ。そんなにうまいの?」 大同が訊くと、ひなたが柔らかい顔をして、はい、と差し出してくる。 「欲しいわけじゃねえけど、ぱく」 ソフトクリームに顔ごと突っ込みそうな勢いで、口を開けて頬張る。 「美味しいでしょ?」 ひなたが首を傾げて訊いてくる。 「甘っめー」 そう言って、アイスコーヒーのストローに口をつけて思いっきり啜った。 「あ、いかん。口の中でコーヒーフロートになった。これハマるかも」 「入れてあげようか?」 「うん、ちょっとここにちょうだい」 ソフトクリームをスプーンですくって、アイスコーヒーに浮かべる。じわりと溶けていって、ブラックのコーヒーをマーブルへと染めていった。 頬杖をつきながら、大同はひなたをじっと見つめた。 ソフトクリームがコーンへと垂れていかないよう、一生懸命舌で掬っている。唇の縁に少し白いクリームが付いていて、途端に大同の中で愛しさが増していった。 (可愛いなあ……最近、すげえ笑うようになったし) 「ひなちゃん、今日はこれからどうする?」 映画館で映画を見て、そのフロアに併設してあるちょっとしたカフェに寄った。ひなたはソフトクリームが食べたいと言い、大同はコーヒー飲みたいと言った。 「えっと、どこでもいいですよ」 「次はひなちゃんの行きたいとこ、行こうよ」 「行きたいとこ……ありますけど、ここからだとちょっと遠いかな」 身を乗り出して、大同は訊いた。 「どこどこ?」 「海ほたる、ってとこ?」 「海ほたる?」 「はい、モエさんが楽しいし綺麗だよ、って。どんなとこか、行ってみたくて」 「じゃあ、今日この時間からは無理だから、また今度計画して行こうよ」 「はい」 大同は、アイスコーヒーとクリームをストローで完全に混ぜてしまうと、意を決して言った。 「ひなちゃん、一つワガママ言っていい?」 「? ……どうぞ」 「……俺のこと、好きだって言ってくれないか?」 頬杖をつきながらも、真剣な瞳を向ける。 ひなたは苦く笑いながら、ソフトクリームで口元を隠しながら言った。 「好きですよ、大同さん」 「まじかナンダコレ、すげえ嬉しいんだけど」 満たされるということ。想っている人に想われるということ。 ちょっとしたことで幸せが満ち溢れてきて、大同は不思議に思った。 こういうことが無いまま、今までどうやって、生きてきたのだろう、とまで。 (鹿島もこういう気持ちだったんだな) 今ならよくわかる。二年という長い間、鹿島が小梅を想いながら耐えたという事実。 (あいつ、ほんと尊敬するわって、……思ってたんだけどなあ) 自分も。 もう、このひなたという存在を失えない、と思うのに。 「お母さんとお姉ちゃんが反対してて」 付き合い始めた頃、そうひなたから聞かされた時、大同は真っ青になった。途端に周りの景色が途端に色褪せていき、そして軽い目眩までしたのだ。 「お、お父さん、まさかお父さん……も?」 無表情で頷くひなたに、大同は内心焦った。 「お姉ちゃんでもそんな歳の人、連れてこないわよ」 ひなたは家族になんと言われたのか詳しくは言わないが、世の母親はこんな風に言うんじゃないかと、想像さえできる。 35歳という歳は、世間一般ではもうおじさんの域なのだと、再認識させられる瞬間だ。 「あ、挨拶にいくからっ」 慌てて、途中の和菓子屋で菓子折を買って、ひなたの実家へと向かった。
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