唯一無二

1/1

196人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ

唯一無二

迎え入れられたリビングは、以前CMのモデル契約をした時にも通された、あの時のままだった。そこら中に家族写真が飾られた暖かい部屋。 そのモデル契約をした時と違い、ど緊張満面でひなたの父母と対面する。 判を押してくれた母親は、優しく温和な人だということを知っていた。けれど、父親についてはまったくの初対面。しかも厳しい人だとひなたから聞かされていたので、余計に背筋が凍ったままだ。 隣には、ひなたが無表情で座っている。けれど、鉄面皮なひなたのその唇に、いつにも増して、ぐっと力が入れられているのを見ると、大同の気持ちは大いに揺れた。 大同は口から飛び出しそうな心臓をなんとか押し留めながら、顔を上げた。 何を話していいか戸惑っている両親に向かって頭を下げて、「ひなたさんとの、交際をお許しください」と言う。 大同が差し出した名刺をちらちらと見ながら、父親が意を決したように話し出した。 「大同さん、CMの件では娘が大変お世話になり、ありがとうございました」 丁寧な謝辞に、大同はこちらこそ、と返す。 「でもね、社長さんなら、ひなたじゃなく他にも相応しい方がいらっしゃるでしょう」 やんわりとした言い方ではあったが、完全に拒絶の意を含む断り文句だ。 父親が、大同の頭から爪先までを、じろりと見る。断崖から背中をどんっと突かれて、落とされたような気分になった。 今までの生き方も、そしてその見た目も。 ナンパでチャラいと思われて警戒されても、仕方がない。大同は観念したように、そう思った。 実際、そうやって生きてしまってきたから。滲み出るものを今更、隠すことも変えることもできない。 大切な娘をそんな男に、と思われても仕方がないのだ。 「ひ、ひなたさんでないと、」 混乱して込み上げてくる感情が、説得の邪魔をする。喉が、ぐうっと鳴った。恥ずかしさを感じながらも、必死に声を絞り出して言う。 「ひなたさんでないと、」 言葉が出てこない。 大同は、ぐっと手に力を入れて、握った。 そんな様子を見かねた母親が、言葉を挟んだ。 「ひなたは最近、よく笑うようになりましたよ」 大同が顔を跳ね上げる。 「撮影がよっぽど楽しかったのね。きっとあなたのおかげです。ありがとう」 「こ、こちらこそ。も、モデルをお願いして、それで、ひなたさんの笑顔に惹かれました」 「ひなたには病気のこともあるので、」 「その上でお願いに上がりました」 「辛い思いばかりしてきたので、ひなたには幸せになってもらいたいんです」 「もちろんです。優しいご家族に囲まれて、ひなたさんは十分、幸せだと思います。でも、できたら私も、これからのひなたさんを支えられたら、幸せにできたらと、思っています」 しん、と沈黙が続いた。その沈黙の重さに耐えかねて、大同は言った。 「歳の差のこともあり、ご心配だとは思いますが、ひなたさんは私にとっても、大切な存在で、」 再度、喉がぐうっと鳴った。 目頭が熱くなるのを、ぐっと我慢する。 「唯一無二……なんです」 握りこぶしを、さらに握り込んだ。 目を瞑って頭を下げた。そしてもう一度、言った。 「どうか、交際のお許しをいただけないでしょうか。お願いします」 「……大同さん?」 はっと気づくと、目の前には黒から茶色へと色の変わったアイスコーヒーのグラス。半分に減ったその量とグラスにつく水滴で、少しの間、想いを馳せていたことがわかる。 顔を上げると、ひなたが顔を傾げている。その手には、さっきまであったソフトクリームは、すっかり無くなっていた。 「ごめん、ちょっとぼうっとしてた」 ふ、と微笑の顔を浮かべる。 「それより、大同さん、はないでしょ?」 ひなたが、恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「……匠、さん」 「ご両親にも許可をもらったんだ。晴れて恋人なんだから、ちゃんと名前で呼んでよ」 「た、たくみさん、」 気持ちが高ぶってきて、テンションが上がる。 「はーいー?」 「ソフトクリーム、もう一つ食べていいですか?」 少しの沈黙の後。ぶふっと吹き出すと、大同はいいよいいよ、と言いながら注文カウンターへと向かった。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加