君が見つけてくれた

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君が見つけてくれた

「その時に、ごちそうさまでしたと言ったら、おそまつさまでした、と」 「え、そうだっけ?」 「はい。それと、私が乳がんだって話した時、匠さん驚いて、後ろに座ってた人に頭突きをかましちゃったんですけど」 「……お前、バカだな。なにをやっちゃってるんだか」 「うるせ」 「ふふ、その時にですね、立ち上がって謝ったんです」 「なんだ、そんなこと当然だ」 「うん、普通かも」 鹿島の即答に、小梅も肯定の頷きを返した。 その答え方のタイミングや合わせた視線にも二人の仲の良さが垣間見えて、大同は内心で舌打ちする。一言、言ってやりたい気持ちになったが、今はひなたが自分のことをどう思っているのかが気になって、そのまま耳を傾けた。 「そうですよね、それが普通なのかも」 ひなたが、薄く笑う。 「でもそれが、チャラくてナンパな人って言われてる匠さんの、本当の部分なのかなって」 途端に。 世界の音という音が、消え去ってしまった。ふわふわと、無音の世界を漂う感覚。 鹿島が何か面白いことでも言っているのだろう、小梅が笑っている。 そして、隣を見る。ひなたの横顔が、スローモーションに見える。 鹿島がさらに何かを言うと、ひなたも唇を少し開けて、笑った。 (やばい、なんか泣きそう、俺) じっと見つめていると、ひなたが気がついて、つと振り向く。 大同に笑いかけてくる笑顔に、愛しさが増した。 そう、愛しくて仕方がないのだ。 今までは。自分でも、足のついていない軽い人生を過ごしていると自覚があった。仕事は多少真面目にやってはきたが、人間関係は常に浅く広くで、その場限りの雰囲気だけを大事にした。 「大同さんらしいなあ」 口々にみながそう言って笑う。中身のない話題をこれでもかというくらい、楽しく可笑しく盛り上げる。けれど、それが終わると、それじゃまた次の機会によろしくねと言って、さっさと離れていくのだ。 そこに何も残らないとわかっていて、自分はそれを享受してきた。 その上で来週もやがて迎える再来週も、同じようなことを繰り返していくのだ。その繰り返しの中に、心から大切に想うものなど、一つたりとしてなかった。 ひなたに出逢う前までは。 それで良いと思っていた。今までも、そしてこれからも。それを未来永劫、続けていくのだ、と。 (空っぽだと思っていた自分という人間の中に、意味あるものが転がっていたんだな) それをひなたが見つけ、大事に思ってくれた。 「大同、お前、ひなちゃんに出逢えて良かったなあ」 鹿島の言葉がようやく、耳に入ってきた。 大同は、鼻をすすりながら、なんとか「おい、気軽にひなちゃんなんて呼ぶんじゃねえ」と言う。 「じゃあ、なんて呼んだらいいんだ」 「百歩譲ってやっても、ひなたちゃんだろバカめ」 不貞腐れながら膝の上に添えてあるひなたの手を、横から握る。 ふいに、ひなたが振り向いて、視線が合わさった。 (……ああ、) 胸が。いっぱいになり、あっという間に満ち満たされていく。 (……こういうのをきっと……愛してるって、言うんだな) そのひなたが、モデルをやってみたいと言っている。ひなたにとっては、それはきっと重要で大切なことなのだ。 「ひなちゃん、モデルの仕事な、……俺、応援するよ」 ひなたが力強く頷くのを見て、今度は胸が熱くなる。 そして、その胸いっぱいの感情を取りこぼさないようにと、大同はいつのまにか注がれていたワインを一気に飲んだ。
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