深紅の金魚

1/1

196人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ

深紅の金魚

「わあ、これは凄いねっ」 大きな鏡の前、モエがひときわ大きな声を上げた。 美容院「taki」の奥の部屋には、ハンガーラックに所狭しと衣装が並んでいる。 セレクトショップ「りく」に元々入荷していた服もあるが、「りく」のショップ店長のサオリが、アンダーグランドに潜って探してきたものもある。ボリュームのあるものから細身のもの、シンプルなものから派手なデザインのものなど、多種多様の服が並んでいた。 「他のモデルさんのものもあるから、これだけのボリュームになったけど、ちゃんとひなたちゃんに似合いそうなものを選んできたからねー」 サオリが手を擦り合わせて、得意げに言う。 「すごい、どれも綺麗」 「でしょー。それにしてもひなたちゃんがモデル引き受けてくれて良かったよ」 「たくみさ、大同さんにも背中を押してもらったので……」 「ふふ、匠さんのままで許すぞ、バカップルめ。あの人、ひなたちゃんのお陰で、本当にマトモになったわ」 「ううん、反対なんです。匠さんが私を、マトモにしてくれたんですよ」 「またまたあ、何言ってんの」 ひなたの背中をバシンッと叩く。もちろん、優しく、だ。 「本当にそうなんですよ。私、自分が乳がんってわかった時から、精神病んでましたから」 「……そ、そうなの?」 つとモエの顔色が変わったのを見て、ひなたは苦笑した。病気の話をすると、こうしてみんなが顔色を変える。 同情を寄せる人、寄せるフリをする人。何と言っていいかわからなくなるのだろう、言葉をなくす人。隠しもせず憐憫の情だけを浮かべる人。 色々と見てきたが、今ではどれも気にならなくなった。 「そりゃ、誰だってそうなるでしょ」 サオリが、忙しそうに手を動かしながら、言った。 「ひなたちゃんはそんな辛いことにも逃げないで、ちゃんと真っ直ぐに向き合ってる。本当に凄いと思うよ」 よけていった服の中から、サオリが一着を取り出す。 「ようやく、そう思えるようになったんです。何もかも、匠さんのお陰です」 「あははあ、あの人はそんなことこれっぽっちもわかってないだろうけどね」 サオリが手にしているのは、ニットのワンピース。深紅と呼ばれる赤系の色だ。丈は太ももを半分ほど隠すくらいで、襟ぐりが丸く鎖骨が見えるほどに開いている。 それをひなたに手渡すと、サオリは他のもう一着を、ハンガーラックから取り出した。 「大同さんがさあ、うるさくてうるさくて。露出の少ないものにしろだとか、可愛く見えないやつにしろだとか、」 「なんですかそれ‼︎」 モエが、大型の化粧バックを重そうに運んでくる。 「でしょー。可愛く見えないやつって、何のためのファッショショーだっつーの。あの人ホントもう終わってるわ。でもまあ、そんなわけだから。ひなたちゃん、これも羽織っちゃって」 ワンピースと同じ色、同じ生地でできたショール風のカーディガンだ。 「前回のCM撮影の時に着た服で、ひなたちゃんには赤系の色が似合うのわかってるから、こんな感じにしたいんだけどどう?」 鏡の前で、ワンピースを身体に当てる。サオリは立ち膝姿で、色をもう少し濃くした太いベルトを、ひなたの腰に巻いた。 「綺麗な色、」 ひなたの呟くような声に、サオリが満足そうな声を出す。 「柄タイツも、ワインレッドで決めたよ」 「サオリさん、攻めますねえ」 「髪は栗色がいいと思うんだよね。また滝田さんに聞いてみるけど……前回より、ずいぶんと髪も伸びてきたけど、あの人ひなたちゃんのショート大好物だから、もしかしたら切るって言い出すかも」 「別に切っちゃっても大丈夫です」 ひなたが、飄々とした様子で言う。 「ひなたちゃん、執着ないねえ」 サオリがそう言うと、ひなたはふっと笑った。 「執着なんて、ありまくりですよ」 深紅のワンピースをぐいっと持ち上げて、胸に当てる。 ひなたは真っ直ぐに、鏡の中に映る自分を見た。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

196人が本棚に入れています
本棚に追加