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許すことはできない
「……ちょっと待って、それ反対してもいい?」
大同が、鍋に入れるネギを切りながら、キッチンで声を上げた。もともと声は大きい方だが、包丁を持つ手にも力が入ったところを見ると、腹からの声が出てしまったかもと思い、少しだけ後悔。声を抑えた。
「いや、そりゃ、俺としては賛成できんでしょ」
「……やっぱり、そうですよね」
俯き加減で、隣で白菜を洗うひなたが、頷いた。口元がほんのり笑っているところを見ると、反対されて当たり前だと思っているようだ。
その様子を見て、ほっと胸を撫で下す。
(鮫島のやつ、くそムカつく仕事、持ってきやがって)
「ひなたちゃん、肌綺麗だから今度ヌードでも頼んじゃおっかな」
カメラマンの鮫島が軽く言った言葉が蘇ってくる。
(あの時、俺、ちゃんと怒ったよな? あいつ、完全に俺のこと、無視しやがって)
ネギをだんっだんっと乱雑に切り、そしてひなたから受け取った白菜をも雑に切った。
「断ります」
無言で白菜をひたすら切る。その大同を見かねてか、ひなたが話を続ける。
「乳がんの方たちの励みになるのかなと思ったんです。ほら、よく妊婦さんが写真撮ってるみたいな、あんな感じで。傷だけを薄い布か何かでベールのように隠して、」
「あとは、ヌードだろ」
「下は、もちろん隠すって、鮫島さんが……」
「そういう問題じゃねえ」
大同は、まな板の上に包丁をバシンっと置いた。
「顔も名前も知らない、どっかの癌患者のために、そこまでしなくていい」
「そうですよね……やっぱり、誰も傷跡なんて見たくな、」
「ひなちゃんっっ」
大同は、ひなたへと振り返って、大声を上げた。
「俺はそんなことを言ってるんじゃねえ。傷跡がどうとか、そうじゃなくって、俺は俺の大切な恋人の裸を、人前に晒したくねえだけなんだよ」
「……匠さん」
「ああ、もうっ! 鮫島のヤロウ、今度覚えておけよ、くそっ」
「…………」
「そりゃ、乳がん患者のためにっていう、ひなちゃんの気持ちはわかるけど、」
バサっと白菜を置くと、ひなたは次にシイタケのパックを破る。
「いいんです。やっぱり断ります」
「ひなちゃんがやりたいっていうのを無理矢理止めさせることはしたくねえけどさ」
「ううん、いいんです」
取り出したシイタケを洗う。
手から一つポロンと落ちて、シンクに置いてあった水切りボウルの中に転がった。ひなたが、それを拾って、再度洗う。
「私だけの身体じゃないから」
「え?」
ひなたが言っている言葉の意味がわからず、大同がおろ、と揺れた。
「だって、私の身体の半分は、匠さんのものでしょ? だから、相談したんです」
ぶわっと、愛しさがせり上がってきた。
「ひ、ひなちゃん、」
「ちゃんと断るから安心して?」
シイタケをまな板へと乗せてくる。
「ほら、早く切ってください。転がってっちゃう」
そのいたずらっ子のように言う表情が可愛くて、大同はまな板を奥へとずらすと、ひなたを横から抱きしめた。
「……うん、ひなちゃんは俺のもん」
「うわ、匠さん、濡れちゃう」
水で濡れた両手を、ぴっぴっと払ってタオルで拭く。身体の向きを大同へと向けると、ひなたは大同の背中に両腕を回した。
少し離して、キスをする。
「んー、ひなちゃんは、俺のもん」
「ん、その代わり匠さんの半分も、私にくださいね」
「俺はもう、全部あげちゃうからな。太っ腹だろ? ほら、ちゃんと抱えてみ」
大同が体重をかけながら、身体を預けていく。
「俺は重いぞ。ほら、ちゃんと持って。全部やるから、全部食ってくれよ」
ちゅ、と重なった唇が鳴る。
「ふふ、お腹いっぱい」
「はは、じゃあ鍋食うの、後にしよう」
大同が、ひなたの首筋に唇を滑らせていく。
「匠さん、鍋、鍋の火、切らなきゃ」
するっと、大同の両腕から逃げて、リビングへと入る。
ひなたは、ガスコンロにかけてあった鍋の火を切ると、キッチンへと戻ってきて、大同にがばっと抱きついた。
ひなたを抱き締める。ひなたを抱き締めながら、そういえば昨日、同じようなことがあったな、と思った。
思い出すと途端に軽い怒りと苦味が蘇ってくる。
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