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本心
「モデルの『ヒナ』が乳がん検診の啓発運動をしているって、世の中にだいぶ浸透してきましたね」
大同の部下、AとBが会議の後、仕事の話の流れでその話題を出してきた。
(部下ABってなんだよ。鹿島もほんと適当だな)
鹿島にとってはこの二人、小梅を巡るライバル(鹿島だけがそう思っている)だが、大同にとっては大事な部下、相葉と馬場だ。
二人は、営業の中でもダントツの成績を残しては、社の売り上げに貢献している。まだ三十歳手前の若手だが、二人は大同を兄のように慕っていた。
「いつも、ピンクリボン、つけてますもんね」
「そうだな。最初からその活動をしていたから、これが売名行為とも取られずに済んで良かったよ」
「大同社長の彼女なんでしょ?」
「うん、そうだよー。ふふーん」
「鹿島社長の彼女も可愛いから、すっげ羨ましいと思ったけど、大同社長もヒナが恋人なんて、それこそ羨ましいなあ」
大同は、自販機で買ったコーヒー缶を二人に投げると、自分もプルタブを上げて、飲み始めた。
「ふふん、いいだろう。もっと羨ましがれ」
「うわ、性格悪っ」
「それにしても、大同社長、よくヒナをスカウトできましたねえ。さすが、ナンパ社長ですよ」
「こら、俺はもうナンパじゃねえし、まったくチャラくねえ人間に生まれ変わったんだ。勘違いすんな」
「はは、ホントすね」
コーヒー缶を空にすると、ゴミ箱へとスローインし、うーんと伸びをした。
「俺はもう帰るな。だから、お前らも帰れ」
「え、僕まだ集計が……」
「俺も確認書類を揃えないと……」
慌てて、缶コーヒーをあおる。
「いやあ、お前らが帰らないと、俺が気持ちよく帰れねえだろーが」
「ええー俺らなんか無視して、いつも勝手に帰ってるじゃないですか」
「そうですよー。明日の仕事増やさないでください」
「明日やれることは、明日やるんだ、バカめ」
じゃあな、と休憩室を出る。休憩室横の自販機の明かりがガラスに映っていて、もうすでに暗闇に近い外とは対照的に、明るく照らしている。
(ひなちゃんが待ってるはずだ)
知らずと、帰る足が早くなる。
マンションの合鍵は渡してあり、ひなたはそれを、大同が誕生日プレゼントであげた専用のキーケースに入れている。
(こうやって好きな女が自分の色に染まっていくのって、ほんと至福だな)
都内でモデルの仕事がある場合は、ひなたはそのまま大同の家に来て、大同の帰りを待っている。待っている間に料理を作ってくれていて、そんな時大同は心底、幸せだと思った。
(世の男どもが、結婚したくなるのもわかるな)
あの鹿島でさえ最近、「結婚」の二文字を口に出すようになってきた。
(小梅ちゃんなら、そりゃ結婚したいって思うだろ)
料理も得意でしっかり者、何と言っても素直でとても良い子だ。
「……俺も、結婚してえ」
つい、口からこぼれ落ちた。
「え、」
その声に顔を上げる。見ると、ひなたの手が止まっていた。
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