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家族
ひなたは自分がよく連れていってもらった家族旅行を思い出した。家族との旅行は、ほっと安心するのと同時に落ち着けて居心地がいい。
けれど、恋人との旅行は。
ドキドキすることもあり、じんと胸が熱くなることもある。
繋いだ手を、少し握り返す。
振り向いた大同に、ひなたは微笑みかけた。
(匠さんだって、結婚したいに決まってる。結婚して、そして子どもが産まれて……男の子なら匠さんみたいにやんちゃで、女の子ならきっと、)
胸が。喉が。つかえたような気がした。
(溺愛して親バカになってすごく甘やかしちゃうんだろうな)
繋いだ手の大きさ。包まれる、温かさ。少し前を歩く時、斜め後ろから見る横顔。高い鼻、笑うと盛り上がる頬、その頬に少しだけ、皺が走る。
「……ごめんな、ひなちゃん」
ふいに大同が言い、ひなたはその斜め後ろから、大同の顔を見た。
「え? なんでですか?」
謝りたいという気持ちになっていたのは自分の方だった。それなのにいきなり大同に謝られ、なぜと疑問が湧き上がる。
「いやあ、チェックインの時な」
「はい、」
「嫌な思いをさせちまったなあって」
ひなたはチェックインの時の光景を思い出した。
大同が名簿に名前を書き、自分がその下の空欄に名前を書いた。違う苗字と見た目にもわかる歳の差もあり、一瞬受付の男性の顔が引きつった。
「完璧に、俺ら不倫って思われたな」
「そんなっ」
「俺は気にしねえから別にいいけど、ひなちゃんに悪かったなあって思って、」
(……ああ、この人は本当に、)
ひなたの喉奥から熱いものが込み上げてきた。
「ひなちゃんはまあモデルで有名だから、事務所の社長と所属モデルの不倫ってな感じに取られたかもな」
「そんなことない……それに私も、そういうの気にしないから。他人にどう思われようが、別に平気です」
「ふは、」
大同が吹き出す。
「ひなちゃん、そういうとこな。強えぇ」
ひなたはひなたの手を握った大同の手に力が入って揺れたのが、大同の意思のような気がして、少し複雑な気持ちになった。
(ううん、匠さんの方が、強い……強くて、そして優しい)
相手を思う気持ちの強さ。家族を持てばきっと、大同はその存在を必ず守り抜くだろう。
ごめんなさい。
さっきまで胸の内にあったその言葉と気持ちは、ひなたの内側へと押し込められた。
(……私じゃ、家族というものを作ってあげられない、)
続く言葉も、虚しい胸の中へと閉じ込めた。
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