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惑う
「うわあ、思ったより広いな」
「半分、露天になってるんですね」
「うん、すげえ見晴らしいいな」
大同が先に階段を降り、腰まで湯船に浸かる。振り返って、そっと足を入れるひなたを見た。
(やっぱ、ひなちゃん綺麗だなあ)
傷跡が苦手、という男もいるだろう。けれど、自分にとってその傷跡はすでにひなたのパーツの一部だし、そのひなたが自分にとっては全て。心から愛しいと思う。
(……肌、白。滑らかだなあ)
若さもあるだろうが、彫刻か象牙のように艶があって、肌触りもすべすべだ。大同は手を差し出して、ひなたを湯船へと誘導した。
「少し、ぬるめですね」
「うん、これなら長湯できるな」
「ふふ、そうですね」
ひなたが笑う。自然に出る笑みに、大同の胸は高鳴った。
「……気持ちいい」
ぱしゃ、ぱしゃと音がする。白い湯気が、ひなたの白い肌を包み込む。
出逢った時には短かった髪が、今はもうショートの長さだ。
「あーーー、ほんと気持ちいいなあ」
両腕を上に上げて、ぐうっと伸びをする。
(女の子と……こうやって旅行に来たいって思ったこともなかったのにな)
満足げな吐息。自然と緩む顔。
「ひなちゃん、広いけどもっとこっちに来てよ。もっと、くっつこう」
「はいはい」
すすすっと、湯を掻き分けて近づいてくる。大同は両腕を広げて、ひなたの身体を受け入れた。
「家族風呂、気に入ったなー」
「そうですね」
「休み合わせて、また来ような」
はい、返事が小さくて気になったが、温泉とひなたを抱き締めている気持ち良さから、大同は笑った。
「そういえばさ、ひなちゃん。この前のランウェイ、少しコケてただろ」
ぷっと吹き出して、ひなたが身体を揺らした。
「バレてました?」
「あれ、どうしたの?」
「それが、履いたハイヒールが思ったより高くて……」
「え、そういうの、事前に確認するんじゃないの?」
「デザイナーさんが直前で急遽、その高いピンヒールに変えちゃったんですよ」
「そうなんだ」
「あまりに踵の位置が高くなって、前のめりになっちゃって……それで足を捻りそうに」
「ははは、そんな漫画みてえな話、実際あるんだな」
ひなたが、薄く笑う。
「さすがにやめてくれっ、て思いましたけど」
「ひなちゃんでも、クソッタレとか思うことあるの?」
「……ありますよ、普通に。何度も」
その言葉に、大同は驚いた顔を浮かべてから、苦笑した。
「まさかのまさか。俺ってば、何かやっちゃってる? まさか俺のことも、このクソがっっっ、って思ってる?」
ひなたが笑う。
「あははは、……た、匠さんは、別に何もやってませんって。そんなこと、思ったことない」
可笑しそうに笑うひなたに、バシャっと湯をかける。
「いや、その顔な。正直に言っていいぞ。思ってるだろ?」
バシャっと湯をかけ返して、ひなたは少し身体を離した。
「思ってませんってば」
逃げるひなたの腕を取り、引っ張る。身体を近くに寄せて、大同はひなたにキスをした。
その淡い色の瞳を覗き込む。顔にかかった湯が、前髪からぽたりと落ちて、すうっとほうき星のように、ひなたの額や頬を流れていく。
「いや、思ってるな、こいつめ」
大人しくなったひなたと再度、唇を合わせる。舌でそっと唇を撫でると、ひなたが観念したように言った。
「……今、思いました」
「まじか」
ははっと、大同は笑うと、ひなたをぐいっと抱き締めた。背中に手を滑らせると、吸いついてくるような肌の感触を、十分に堪能した。
キスの続き。
「じゃあ、もっと、そう思われるようなこと……するから、覚悟な」
大同は、幸せを噛み締めながら、背中に置いた手をそっと滑らせていった。
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