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率直に言えば
ガヤガヤとした喧騒に包まれた社員食堂で、大同と女性は向かい合って座っていた。
すでに約束があった羽多野には、突然だが遅刻するとメール連絡をしてある。けれど、本社ビルの受付の社員には、「大同社長、羽多野社長とお約束ですか?」と声を掛けられ、ビルの地下にある社員食堂へ行くために乗ったエレベーターでは、「社長、今日は面接かなんかですか?」と好奇な目で見られ続けている。
きっとこの状況、すぐに羽多野にも伝わって女を社食に連れてくるな! と怒られるんだろうなあ。そう考えながら大同は目の前に座っている女性に食事を勧めた。
「えっと、円谷(つぶらや)……ひなたさん? 遠慮せず、どうぞ召し上がってください」
「はい、では、いただきます」
両手を合わせてから、ひなたは箸を取った。
(……なるほどな)
大同はその姿を見て思った。
(こんだけ折り目正しい人だから、俺もどこかで身構えちまうんだろうな)
礼儀正しさが、にじみ出ているというか。
(俺とは正反対だ)
心の奥で苦く笑って、箸を取る。
今日のお勧めランチは、唐揚げ定食。ひなたは唐揚げを丸々一個、口に入れると、熱そうに口をはふはふさせながら、咀嚼した。
(……神経はちゃんと通っているようだな)
そこまで言うのは失礼かとは思うが、そう思わざるを得ないこの鉄面皮。
(さっき見た笑顔は奇跡だったのか……?)
大同も唐揚げを食べながら、ひなたの様子を窺い見た。
「で。あのCMどうだった?」
唐揚げの次にガツガツと詰め込んだ白米で、口をパンパンにしながら、大同が訊く。
ひなたも副菜のひじき煮を器用に箸で掬いながら、答えた。
「率直に?」
「率直に、」
無言になるが、箸は進んでいく。
そんなひなたを気にせず、大同もガツガツと食べ進めていく。唐揚げの三つ目に箸を刺した時、ひなたが急に口を開いた。
「カッコいいCMだなって思いました」
大同が顔を上げて、ニヤと笑った。
「カッコいい……ねえ」
「でも、」
大同が、口に残っていた唐揚げをごくっと飲み込んだ。
「……五回くらい見たけど。正直、感想はそれだけ……だったかも」
ひなたがぽつりと言った。
大同はそれに反応して、すかさず上着の内ポケットに手を入れて、スマホを取り出した。
ポチポチとタップする音が、まだひとつ残っている唐揚げの上に落ちていく。
「羽多野か? あの例のCMな、やっぱ作り直すぞ」
驚いたのかどうなのか、その無表情からはわからない。が、ひなたが顔を上げたのを、大同は視界の端でとらえていた。
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