手に余る思い出

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手に余る思い出

「いいのか、って言われてもなあ……まあ、ひなちゃんが言ってることは正論だからな。納得しちゃったっていうか、納得させられちゃったっていうか」 ひなたの言いたいことはよく理解できた。ひなたが大同のことを(おもんぱか)って、そう提案してきたことも、頭ではわかっている。 (そりゃあ、俺だって結婚はしたいし、いつかは子どもも欲しいしな) しかも。四年という年月は確かに長い。そう思ってしまったら、何も言えなくなってしまった。 今度は、持っているシャンパンをあおる。 「やっぱ、まずいな」 ちっと舌打ちする。その大同の珍しい舌打ちに、鹿島が怪訝そうに眉根を寄せた。 「なんだよ、お前ダメージ受けてねえの?」 それに呼応して、大同は言った。 「別にたいして受けてねえよ。いつものことだろ」 そうだ、こんな別れ話、今までに何度も繰り返してきた。世間ではあちこちにごろごろ転がっている、さして珍しくもない別れ話のひとつ。 「……まあ、お前が大丈夫ならいいけどな」 「俺かっ、俺な? 俺なら、大丈夫だ。全然、平気」 「こんな時に言うのもなんだけどな。お前に貰った和菓子、美味かった。ありがとうな」 ああ、あれか。 車を借りた鹿島のためというより、鹿島の恋人の小梅のために、ひなたと二人で旅館の土産コーナーで選んで買ったやつだ。 「きな粉が好きだって言ってました」 この頃には小梅と懇意になったひなたが、スマホを見ながら横で声をかけてくる。 「きな粉まみれの和菓子が好き、って」 「きな粉まみれて! まみれていないといけないの⁉︎」 「しかも、アンコはダメだって」 「えええー無茶言うなあ、小梅ちゃん。最近、ちょっと鹿島のバカが伝染ってきてるんだよなあ」 大同の言葉にふふと笑ってからスマホをポケットに入れると、ひなたはきょろきょろと、該当する商品を探し始めた。 「あー、無理無理。ひなちゃん、探すだけ無駄だぞ。言っとくけど、だいたいアンコときな粉は、俺の中では夫婦のようなもんだから」 今思うと、それもNGワードだったのかもな、大同は思い出しながら苦く笑った。 「まあ、そうですけど、念のため……」 薄っすらと口元に笑みを浮かべながら、探し回る。 「諦め悪りいなあ、ひなちゃんはあ」と、ひなたにどんっと軽く体当たりしたり、お尻をつついたりしておちょくっていると、ひなたが声を上げて箱を取り上げた。 「あっ、あった‼︎」 隣にいた大同が覗き込むと、きな粉まるけの餅の絵が。しかも『黒蜜付き』との文字。 「良かった、セーフっ。アンコじゃなくて、黒蜜みっけっ」 「凄えな、ひなちゃん。ついに探し出したかあ。ってか名探偵か」 大同が、それにしても旨そうだなと呟くと、ひなたが二箱持ってレジに並んだ。 「お母さんへのお土産でも買ったのか?」 訊くと、一つをぐいっと差し出してきて、「匠さんに」と言う。そのサプライズに、大同は声を上げた。 「俺にかっ、嬉しいな。ありがとう、ひなちゃん」 差し出された箱を受け取った時の、ひなたの満面の笑み。 満たされていった。病気だということも忘れ、満たされて満たされて、その時に幸せの一生分を使い果たしてしまったのかもしれない。 (でも別に、それがどうしたって話だよ) いつものように女と別れて、また次の女を探すだけだ。このパーティーに来たのだって、次の女にありつくため。 「……あれ、美味かっただろう、」 大同が、訊いた。 「なんだ、お前も食べたのか?」 「ああ、食べたよ」 土産屋で買ってもらい部屋に戻ってから、急須でお茶を入れて、二人で頬張った。 これ美味しいと笑った顔。小梅ちゃんも喜んでくれるね、選んで正解だったねと言って、はにかんだひなたの。 「ちょっと待て! 話が違う! 二つまでって言っただろ? なあ、それって俺に買ってくれたんだよね?」 三つ目を食べようとしたひなたをがんじがらめに抱き締めて、それを阻止したこと。 そのままキスをしたら、黒蜜の甘い味がしたこと。 「キミ可愛いね。今ひとり? なんだあ、恋人いるのかああ。ざんねんー。だったら誰でもいいから女の子、紹介してよ」 いつのまにか隣にいた女性に、以前口癖のように言っていたセリフを口にしていた。
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