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君がこの世界に生きてくれていれば、それでいい
「相変わらず、凄えなあ」
タブレットで動画を見ながら、大同はふ、と笑った。あれからずいぶんと時間が過ぎたような気もしているし、そうでもない気もしている。
「おい大同。ニヤニヤして気持ち悪いよ、お前。……なに、見てんの?」
羽多野が隣から覗き込む。覗かれるのを軽くかわすと、タブレットのカバーをパタンと閉じた。
「おチビちゃんの動画」
「なに、また見てんの? 飽きないねえ」
「めっちゃ可愛いんだ。うちの子、コロコロしてて仔犬とかパンダの赤ちゃんみたいなどうしようもない可愛さがある」
呆れ顔をしてから、今度は羽多野が、横からスマホを出してくる。
「ちょっと、僕のも見てよ」
スクロールすると、きゃっきゃという女の子のはしゃいだ声が聞こえてきた。
「お前んとこのマヤっちは、ママ似で良かったなあ。俺は心底、そう思うぜ」
「バーカ。見て見て。この前、初めて歩いたんだけど、これ、その瞬間ね!」
「よろよろじゃねえか」
次には、ぎゃああという泣き声。スマホの中の女の子が前のめりに倒れて、おでこを打ってしまっている。
「おい、撮ってねえで助けてやれよ。薄情な父親だな。ネグレクトかっ」
「ライオンの親は、子ライオンを谷へ落とす、とか言わない?」
「それ、完全に虐待だから」
「泣き顔も最高に可愛いんだ」
「親バカだな」
羽多野と大同は、二人で笑った。
「……お前のも見せてよ」
「バーカ、見せるかよ」
「お前んとこのは、パパ似か」
「そうだって、いつも言ってんだろ」
「お前も親バカだなあ」
「うちの子が一番可愛い」
「でしょうね」
ははは、と羽多野が笑う。
タブレットをカバンへと仕舞うと、大同はじゃあなと手を振り、会議室から廊下に出る。エレベーターに乗って一階へと降りると、ビルの自動ドアの隙間から、冷たい空気がすっと首元を撫でていった。
寒空を見上げる。澄んだ夜空に、星がチカチカと瞬いている。
(……君がこの世界に生きてくれていれば、それでいい)
こうやって自分の仕事場のビルを出て空を見上げる時、そしてハタノパートナーズの社屋を出て大型ビジョンを見上げる時、大同はいつもそう思った。
(だって、同じ空気を吸っているんだからな。君が幸せなら、それでいいんだよ)
冷たい風に身をすくめると、手に持っていたマフラーをぐるりと首に巻く。
「って、俺は『みつをさん』かっての!」
くくっと笑うと、足早に地下鉄へと向かう。
ひなたと別れてから二度目の冬が来ようとしていた。
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