青白いその様

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青白いその様

ノックをすると病室の中から、はい、と少しくぐもった声がした。その声を聞いてから、ドアをゆっくりと横に引く。軽いドアだ。花束を持つ手に力が入り、ビニールの包みがガサガサと音を立てた。 「……こんにちは、」 ベッドの上には、ひなたの横顔。眠っているのか、目は閉じている。立ち竦んでしまったドアからは少し距離があり、その距離のせいか眠った顔の顔色があまりにも青白く見えた。 (……電灯の、加減かもしれないし) 無理矢理にも思おうとする。 視線を逸らすと、ベッドの隣に置いてあるソファに座り雑誌を手にしてこちらを見ている女性と目が合った。ひなたに似ていて、まだ若いところを見ると、ひなたの姉であることが容易に知れた。 「大同と申します。お見舞いさせてもらってもいいですか?」 一歩中へと入ると、女性はどうぞと手を差し出した。 心を決めてきたつもりだった。 けれど、ひなたを前にして、自分では制御できないほどの動揺とその衝撃が、大同を打ちのめしてしていく。 竦んでいた足をようやく動かして、大同は女性へと近づいていった。 花束を渡してから、ベッドを見る。 「ひなちゃん、」 そっと声を掛けた。 「すみません、今、眠ったばかりで」 静寂の病室に、小さな声で女性が言った。 「いいんです、起こさないようにします」 これ、どうぞとパイプ椅子を勧められる。大同は、お礼を言って腰を下ろした。 「ちょっと、出てきますね。すぐに戻ります」 頷くと、女性はドアから出ていった。 改めてひなたを見る。 まだ、髪は抜けてはいないようだった。今はその髪を、緑がかった黒髪に戻していたことを、大同は知らなかった。髪に触れたいと思ったが、自分にはもうその権利はないのだと思うと、胸がきしむように痛んだ。 「……ひなちゃん」 声がかすれて、目頭が熱くなる。 ひなたの横顔。 高い鼻。まばらだった睫毛もようやく生え揃ったのだろうに。 その唇。 恋人同士だった頃、その顔のパーツ全てに、唇を這わせたというのに。 閉じられているまぶた。大同が惹かれてやまない、淡い色の瞳を包み込むように形成する。 (ひなちゃん、久しぶりだな。具合はどう?) 小梅から少し聞いているとはいえ、気になるのはやはり病状だ。 病室の外に気づく。部屋へと戻ってくる足音。 (ひなちゃん、俺、また来ていいかな?) 大同は立ち上がると、後ろ髪を引かれながらドアの取っ手に手を掛けた。 ✳︎✳︎✳︎ 「初めまして、ひなたの姉、円谷こだまと言います」 「初めまして、大同 匠です」 廊下の先を曲がったところに、入院患者専用の談話室がある。こだまが買ってきたコーヒー缶を頭を下げて受け取ると、大同はベンチシートにこだまと並んで腰掛けた。 「すみません、部外者が来ちゃって」 大同が謝ると、こだまが首を振って言った。 「ううん、こちらこそ、ひなた寝ちゃっててすみません」 横を見ると、ひなたより一回り大きな身体が揺れた。 (本当だ、ひなちゃんから聞いてたけど、ひなちゃんより少し背も高い) 初めてひなたに出逢った時に着ていた白いぶかぶかだったブラウス。そのブラウスを姉から貰ったと言っていた。ひなたの口ぶりから、姉妹の仲の良さはわかっている。 「ひなたがその節はお世話になって……ありがとうございました」 「いえ、こちらこそ。ひなたさんにはうちの会社に協力してもらって、とても助かりました」 「ひなたがモデルなんて、天と地がひっくり返ったみたいです」 「そんなことはありません。ひなたさんは美人だ」 お姉さんも美人ですね、いつもぽんと浮かんでくるような言葉も出てはこない。頭が回らないのだ。鹿島にひなたの癌の再発のことを聞かされてから、大同はあまり眠れていなかった。 (……ひなたさんの病状はどうなんですか?) 聞きたいのか聞きたくないのか、それすらも。言いあぐねている大同を慮ってか、こだまが先を続けた。 「再発しちゃって。小梅ちゃんに聞きました?」 「は、はい」 「家族、みんなショックで……本人はもっとショックだとは思うけど……」 隣でこだまが涙をのんだのがわかった。胸が絞られる思いがした。 「そうでしょう、お辛い……ですね」 「…………」 こだまの気が落ち着くのを無言で待つ。 「抗がん剤の治療で様子を見て、それから必要なら手術を」 鼻の奥が、つんと痛んだ。 「……そうですか」 「大同さんは、ご結婚されたんですよね?」 思いがけない言葉で、大同は顔を上げた。 「え、」
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