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唯一無二の存在
「サタデーとサンデーがよ。俺を翻弄するんだ」
大同が真面目に言うと、ニャアと返事をするように仔猫が鳴いた。
「しかもまだ、サタデーの昼だっつーの、あああぁぁ」
大きなため息をつきながら、大同はネコジャラシをふるふると指揮棒のように振った。仔猫がジャンプしながら飛びついてくる。
「あああ、まだサンデーが丸々一日残ってやがる。嘘だろ、もおおおお。なあ、チビ助。俺はこの週末をひとりでどう過ごしたらいいんだ?」
ネコジャラシで仔猫と遊ぶ。
「わりいわりい、ひとりじゃねえわ。おまえがいたな。ひとりと一匹か。どっちにしてもおまえとふたり、どう過ごしたらいい? なあ教えてくれ」
よっこらせと立ち上がり、仔猫のごはんを用意し始める。すると、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。
「宅配か? 別になんも注文してねえけど」
はいーと言いながら、玄関を開ける。すると、一人の女性が立っていた。
「あ、」
「こんにちは、大同さん。お久しぶりですね」
「……ああ、」
ひなたと別れてから、少しの間付き合ったことのある女だった。
「やあ、ミキちゃん。今日はどうしたの?」
居酒屋で意気投合して、その日のうちに持ち帰った。いや、持ち帰ろうとして、途中でやめた。マンションのエントランスまでは連れて来たのだが、そういう雰囲気になる前にタクシーを呼んで帰らせた。ミキはその大同の態度に怒ってはいたが、大同は気にせず、タクシーに無理にも押し込んだのだ。
それから、二、三度食事をしたが、ていのいい断り文句で別れを切り出した。
「大同さんって、社長さんだったんだね。ほら、これ」
ミキが雑誌をぐいっと出してくる。ビジネス雑誌の情報欄だ。鹿島の紹介で、数日前取材を受けたものだ。その紹介ページが無造作に開かれている。
不躾に雑誌を目の前に突きつけられ、ムッとした。
「それが?」
「教えてくれても良かったのにい」
雑誌をたたんで、小さなバックへと無理矢理入れる。ヒールの踵をカツカツと鳴らして、怒っているというような素振りを見せた。
「なんで教えなきゃいけねえの」
ミキが玄関の中を、ちらりちらりと覗いてくる。女性物の靴がないかを確認しているようだ。その態度で、大同はげんなりとしてしまった。
「悪いけど、あんたとはもう別れたよな」
「ええー、そんなこと言わないで。大同さんが好きなの。ミキ、大同さんのことが忘れられなくてえ」
「……忘れ、られない?」
大同の頭の中を、その言葉がぐるぐると回った。
「そうなのー、もう毎日、大同さんのこと考えちゃってるの」
衝撃を受けた。頭の真上から、雷でも落とされたような。
(そうだ、俺はいつまで経っても、ひなちゃんを忘れられなくて……それで、毎日ひなちゃんのことを考えていて、)
ミキの顔を改めて見る。
(この子じゃない、俺にとってはこの子じゃないんだ)
ドアノブを握っていた手に、知らず知らずのうちに力が入っていた。その腕が疲れてきたのか、ぎしぎしと痛み出した。
(……ひなちゃんなんだ。ひなちゃんだから……ひなちゃんだからだ)
「ミキちゃん、俺、マジで本気で好きな人いるんだわ」
「ええ、うっそー。この前もそんなようなこと言ってたけど、もう付き合ってないんでしょ?」
「ああ、」
「振り向いてもらえなかったら、好きでいる意味ないじゃん」
ミキが身体をくねらせる。
「ああ、そうかもな。でも、それでもいいんだ。俺の唯一無二だから」
「ゆい、?」
「悪いけど、他当たって」
ドアを緩やかに閉めてから、ドアにもたれかけた。ハイヒールが、怒りの音を鳴らしながら、足早に遠ざかっていく。
「ああ、そうだよ。唯一無二なんだ、俺の、俺の大切な人なんだよ。ひなちゃん、君を失ったら俺は、」
涙が溢れてきた。
この世界に生きていてくれれば、それで良いと思っていた。
ひなたを失うなんてことは、これっぽっちも考えなかった。
(ひなちゃん、君と同じ空気を吸って、俺は生きていくんだから、君は生きなきゃいけない。生きなきゃいけないよ)
大同はその場でしゃがみ込んでしまった。丸くなって泣いていると、仔猫がニャアと鳴いて、大同の抱えた膝に鼻を擦りつけてきた。
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