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取り戻すのは
「か、彼氏……いないんだ?」
夢でも見たが、これは現実だ。大同は、心底ほっと胸を撫で下ろした。
大同はこの日、ひなたから返ってくるであろう返答によっては徹夜でヤケ酒だと、鹿島に約束を取り付けてから、覚悟を決めて病室に来ていた。
深呼吸で心を落ち着かせてから、恋人の有無をひなたに訊いた。
少しずつでもいいから、ひなたを取り戻そう。そう心に決めてから、避けては通れない質問だぞと、大同は意を決していたのだ。
「……そ、そっか、良かった良かった」
けれど、良かったを連発している場合じゃない。
大同は次へのステップに移ろうと、挙動不審だった視線をひなたへと戻した。
「匠さんは?」
よしキタ、「匠さん」呼びに戻してやったよ。思うが心の中に留める。
「俺? 俺はいねえよ。結婚もしてねえし、恋人もいねえ。絶賛、募集中ね」
ふふとひなたが笑う。すでに髪は抜け、薬の副作用なのか目の下にクマがあり、顔色は良くない。
ニットの帽子を被ってはいるが、ひなたは髪の抜け始めた当初、その外見を気にしていた。
「ひなちゃん、俺らが初めて出逢った頃のこと覚えてる?」
大同がひなたの横でそう訊いたのは、車椅子で病院の中庭を散歩している時だった。
天気の良い、土曜の昼下がり。
ひなたはそのまま車椅子で、そして大同はベンチに座り、二人で日向ぼっこをしていた。
「覚えてますよ」
「あの時も、こういう頭だったじゃない」
「はい」
「社食でさあ、こうウィッグをするっと取って」
「ふふ、」
「ひなちゃん、すげえ、カッコよかった」
「カッコいいって」
「うん、イケメンで男前っていうか。そこに惚れちゃったんだよな、俺」
「私、なんでそんなことしたんだろ?」
「ええええ、覚えてないの?」
「ふふ、はい」
「俺らの記念日なのにい」
大同が拗ねたように言うと、ひなたが笑った。
その日から、ひなたはあまり外見を気にすることもなくなったのだ。
(……俺が言うひと言で、笑ってくれたらなあ)
胸が絞られる。絞られるが、ひなたを一日でも早く、取り戻したい。
その焦りもあって、時々。
声が震えて、手も震えてしまう。その手はまだ、ひなたに一度も触れていないというのに。
「な、何度でも言うけど……恋人は絶賛募集中、だから」
ひなたが、口を大きく開けて、あははと笑う。けれど笑ったまま、口を噤んでしまう。
肝心なところをかわされて、大同は自嘲気味に唇だけで笑った。
それでも。
ひなたが、笑っている。
それだけで幸せが、戻ってきたような気がした。
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