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怒りならばそれは
にこっと笑って、Vサインをする。さっきの体育会系の男につられているのか、ひなたはいつもより元気そうな様子だ。
(……ああ、今のヤツの名残りかな……ってヤメロ。いいおっさんがヤキモチかよっ。みっともねえなあ)
ゼリーをいつものように冷蔵庫に仕舞う。黙々と作業をこなして、ベッド横のパイプ椅子に座った。
すると、パイプ椅子の座面が、ほんのり温かく、大同はびくっと立ち上がった。
(くそっ、さっきのヤツが座ってたのかっ)
内心、そう思うが口には出せない。ひなたが、どうしたの、というように首を傾げて大同を見ている。
「あ、えっと、そうだ、コーヒー買ってきたんだった。これ、飲もうぜ」
上着のポケットから二本。一つをひなたに渡し、そしてもう一つのプルタブを開けながら、尻で探るようにイスに腰掛けた。
コーヒを口の中に流し込むと、微糖の甘ったるさだけが舌に残った。
その様子を見ながら、ひなたもプルタブを上げた。
「さっき、誰か来てたね」
「え? あ、うん」
「若い男の子、なかなかのイケメンだった」
「そうだね」
「前、付き合ってた人?」
ひなたが顔を跳ね上げた。その驚きからか、唇が薄っすらと開いた。
「……うん、そう」
「ってことは、あれだな。ひなちゃんの短い髪をお坊さんみたいだって言ったヤツ」
「すごい、覚えてたの?」
ひなたが、薄っすらと笑った。
「そりゃそうだよ。ムカついたもん、俺」
ふふ、と笑う。
「俺を怒らせたらどうなるか、今度会ったら知らしめてやる」
「もう、来ないと思うよ」
「え、なんで?」
「こんな姿、見たくないって」
ガタッと立ち上がった。持っていたコーヒー缶を、サイドボードに乱暴に置いた。
「匠さんっ、どこ行くの?」
「一発、ぶん殴ってくる」
握りこぶしに力が入って、爪が手のひらに食い込んだ。
「匠さん、やめて」
「でも、ひなちゃんっ! ……ひなちゃんが許しても、俺は許さねえ」
抑えた声が震えて、大同はさらに拳に力を入れた。怒りで頭が煮えた。その沸騰した血が、全身を駆け巡るように熱くなる。
「……許せねえ」
率直な怒り。ひなたを侮辱されたような気がして、我慢ができなかった。それなのに。当の本人は、薄っすらと微笑みすら浮かべている。
「匠さん、ここへ来て」
優しい声で、誘う。
その優しさに。目の奥が、じんっと痺れた。
「……でも、ひなちゃんっ」
「怒ってくれて、ありがとう。でも大丈夫だよ。お願い、匠さん」
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