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〜after story〜
(一発勝負でいこう)
痛みはあるが、今回のランウェイは往復でもそれほど距離は長くない。
(……耐えられる)
今回着用のドレスは裾が広がっているため、比較的歩きやすいデザインだ。ただ上半身は細身のデザインのため、身体のラインははっきりとわかってしまう。だから、足が痛いからと言って、変な動きはできない。
ひなたは、深く深呼吸をした。新鮮な空気を肺に入れたかったが、強烈なスポットライトのせいで、空気は生ぬるく、微細な塵が無数に舞っているのが見える。
(耐えてみせる)
右手首に巻いたピンクリボンをそっと触る。
乳がんを二度、患った。地獄のようにきつい治療に耐え、そして乗り越えてきたと言っても許されるなら、それこそ自信を持って大声で叫びたい。
生きたい、と。
けれど、それは。
自分一人のものではない。支えてくれたのは家族であり、友人であり、そして。
(匠さん、)
ひなたが大同の名を呟く。その名を呼べば、心が太陽を欲する向日葵のように、真っ直ぐを向いてくれる。
(私にとって、匠さんは……)
舞台袖から踊り出る。
ひなたはランウェイを歩き出した。
顔を上げると、太陽のように光を放つスポットライト。視界は途端に、光の中の世界に包まれる。
大同の顔は見えやしないが、この広い世界の中で必ず、自分を見ているはずだ。
(匠さんは……私の太陽だ)
ひなたは、足を一歩一歩、噛みしめるようにして進めた。
✳︎✳︎✳︎
様子がおかしいとは思っていた。大同はこの日、客席の一番前を陣取っていた。ヒナの出番を待つ間、会議やパーティーなどでは平気で大演説をもいとわない大同が、そわそわと身体のあちこちを揺らしていた。
『ヒナ』復活の日の前日、大同の会社はちょっとした歓喜に包まれていた。
「うそだろ、マジでか。お前らあ、やってくれたなあ」
「まあ、社長にはいつも、俺らお世話になってるんで……大同社長の代わりにマキタの件も処理しておきました」
部下である相葉と馬場が、満面の笑顔でエヘヘと頭に手を当てて、はにかんでいる。
「待て待て、俺、こんなことされたら泣いちゃうだろ」
二人の部下が率先して仕事を片付け、大同に休みをくれたのだ。それも、ひなたのショーの日が明日へと迫るまで内緒の、サプライズだった。
午前中に仕事を切り上げて、ショーまでには間に合う予定ではいた。けれど、マキタ産業との打ち合わせの件では、その午前中の準備に少し時間がかかるかもな、と気を揉んでいたのも事実だった。
「マジでやめて〜、こんなことしてくれなくても全然休むつもりだったけどもー」
両手で恥ずかしげに顔を隠す大同の姿を見て、他の社員も満足そうに笑う。
「あはは、さすが溺愛社長。でもまあ、心置きなく行ってきてくださいよ。ヒナちゃんのショー」
「おうっ、ありがとなー。精一杯、応援してくるなっ」
そして、今日。
関係者のフリして入った舞台裏。ちょうど控え室から出てきたひなたに声をかけようとして、やめた。
元々、表情の薄いひなたではあったが、今日はいつもより引きつった顔をしているように見えたからだ。
(具合でも悪いんかな)
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