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〜after story〜
緊張しているのもあるだろうが、それがひなたらしくないような気がして、大同はその後ろ姿をいつまでも目で追った。
そして、訝しげな思いの大同を置いて始まったショー。若手である『ヒナ』の出番は、三番目。
モデルが歩き出す。
(もう直ぐだ、頑張れ、ひなちゃん)
心で祈るように思う。
そして、『ヒナ』の出番。
ひなたがステージ上へと踊り出た。その姿を見て、大同の胸に熱いものがせり上がってきた。
ようやく克服したと思った乳がんが、再発したと知った時。大同の世界は見事に崩れ去った。
この世界の。
終わりだと。
そうまで思った。ひなた本人でない、自分でさえ。
けれどひなたは、そんなどん底の世界から立ち直り、そして今。このステージに立っている。
「愛してる、愛してるよ、ひなちゃん」
口をついて出る、言葉。ひなたは大同にとって、唯一無二の存在で。
チャラくてナンパだった自分。適当に女と遊び、本当の恋愛というものを知らずに生きてきた。そんな中身のない、薄っぺらい人生を送ってきた自分を、変えてくれた人。
そのひなたが、この崩れ去った世界でも、精一杯に生きようとしてくれている。
目頭が熱くなった。熱いものがこみ上げてきた。大同の目に涙が溜まり、そして一筋流れていった。
(ひなちゃん、頑張れっっ)
そして、大同がその涙を手の甲で拭おうとした、その時。
ぐら、と。
ひなたの身体が左右に揺れた。倒れそうになり、バランスを取ろうと手を伸ばす。その拍子に膝ががくっと前へと折れた。
「あっっ!」
「きゃあっ」
客席から悲鳴に似た声が上がった。
大同も思わず立ち上がり、ステージに近づき、ひなたを見た。
「ひなちゃんっっ」
ひなたが顔を歪めている。足が不自然に曲がっているのを見て、そしてひなたが痛みを我慢している顔を見ると、大同の身体は自然に動いた。
✳︎✳︎✳︎
「……い、痛っっ」
ぐら、と傾く身体を支えるため、ぐっと足を踏ん張ると、かかとに激痛が走り、ひなたは顔を歪ませた。
客席からは、驚きの声が上がったのを耳で聞いていたし、あーあマジか、やっちゃったなあという観客の空気感を、ひなたは全身で感じ取っていた。
失敗した。
直ぐにもそう思った。
けれどただ恥ずかしいというよりも、匠さんをガッカリさせた、それが悲しかった。
慌ててパンプスを履き直す。けれど、かかとにかなりの痛みがあり、なかなか履くことができなかった。
じわっと目尻に涙が滲んだ。
もう一度、パンプスに無理にでも足をねじ入れようとした。
「ひなちゃん」
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