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〜after story〜
優しい声だった。そちらを見る。すると大同がランウェイにひらりと上がってきた。
ざわっと客席が騒がしくなる。思わぬハプニングで、観客がどよめいた。
「た、匠さ、ん」
もちろん、ひなたにとっても予想外の出来事だ。けれど大同が出てきてくれて、なぜかざわざわとしていたひなたの心は、少しづつ落ち着きを取り戻していった。
大同は、すっとひなたの前にひざまづいた。
「ひなちゃん、そのパンプス。俺が預かっておくから」
そう言って手を伸ばしてくる。その大同の動きに合わせて、ひなたは足を上げてもう一足のパンプスを脱いだ。
開放感。裸足になれば軽い。かかとの痛みもどこかへ去っていき、そして障害は何も無くなった。
「俺が預かっておくから。さあ、行っておいで」
優しく、大同が笑う。
促され、ひなたは唇を引き締めると、泣きそうだった顔を笑顔で満たした。
そして。
振り向くと。
ランウェイを真っ直ぐに。
真っ直ぐに見つめる。
裸足になった両足は、その開放感からか、前へ前へと踊り出る。
つい先ほどまで耳に入ってこなかったラテンの音楽が、リズムとともにするすると入り込んできて、脳を刺激し全身の細胞に行き届き、そして潤していく。
ひなたは、軽い足取りで、ランウェイを歩いていった。
(匠さんが見ていてくれる)
そして、その美しいビロードのドレス。ひなたの動きに合わせるように、その裾は波をうって、まるで音楽にノッているかのようにゆらゆらと舞う。足を一歩出すたび、光沢のある黒のビロードが、光を吸収して、放出されていった。
生命力なのか。
それとも生きることへの自信なのか。
輝きに満ち溢れた姿は、いったいどこからくるのだろう。
ドレスを生かし、そして。
自分をも生かす。
眩しいくらいのライトに向かって。
(私、……生きている。……匠さんと、この世界に生きているんだ)
ランウェイのセンターまで進み、そして右に左にとドレスの美しさを見せつける。
観客に、そして自分自身の内面にも。
ランウェイを戻ろうと振り返る。ステージの先には、大同が立っている。右腕にはパンプスを抱え、そして左手をスラックスのポケットに突っ込んで。
(ふふ……匠さんこそ、モデルみたいにカッコイイ)
大同へ向かって歩く。ランウェイの床のひやりとした冷たさを、裸足の足裏が吸収していて、きんと冷えた体温は、全身を駆け巡って脳へと届けられる。
(……匠さん、)
心が求めるのだ。一度は別れ、けれどもう一度、いや、出会った時からずっと、惹かれていたのだろうと思う。
大同という、太陽の存在に。
あの大型ビジョンのもとで。
真っ直ぐに向かう。
(匠さんっっ)
大同が、ゆっくりと動き出した。ポケットに突っ込んでいた左手を出し、そしてひなたにおいでと誘うように伸ばす。
堪らなくなり、あと少しのところで、ひなたは走り出した。
両腕を伸ばし、大同へと目がけて走る。
治療で抜けた髪はまた伸びて、風と一緒にひなたの頬に触れては散った。
大同が右手を伸ばす。両手で包み込もうと。
その右手から。
ゴールドのパンプスが床へと落ちていくのを、ひなたは視界の端でスローモーションのように見た。
「匠さんっ」
大同の首へと手を伸ばす。
ひなたを両腕で迎え入れると、大同はその細い身体を抱き締めた。
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