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第4話
合田さんは、元のおとなしい合田蕾美に戻った。
休み時間は、いつも一人で本を読んでいる。もはや派手な女子グループには属しておらず、男子たちの噂に上ることもなかった。
「そういえば合田さん、あのヘアピン、どうしたの?」
たまたま近くを通りかかった女子――かつての友人――が話しかけても、合田さんは遠慮がちな声で、きょとんとした顔を返すだけだ。
「あのヘアピン……? 何のこと……?」
「ほら、彼氏からプレゼントされた、って言ってたじゃない」
「彼氏って、誰のこと? 私には縁のない話みたいだけど……」
「ああ、そう。なら、いいわ。邪魔したわね、ごめん」
可哀想なものを見る目で告げて、彼女は合田さんから離れていく。
合田さんは彼氏と別れたから、その話題を避けたいのだ。「そんな事実はなかった」という態度を示すくらいに。
それが、クラスの人々の認識らしい。
でも実際には違う。合田さんは、本当に忘れているのだった。あの骸骨の屋敷に通っていたことも、蕾のヘアピンのことも。
最後に屋敷から彼女を助け出したのは僕であり、合田さんの家まで背負って帰ったのも僕だ。背中に感じた彼女の温もりを、僕は忘れないが、合田さんの方では、そうした事実があったこと自体、覚えていなかった。
ヘアピンにまつわる一切合切の記憶が失われたので、最初の日に僕が「素敵だよね。よく似合ってるよ」と言ったことも、彼女は覚えていなかった。
でも、それならばそれで、構わないではないか。それこそ、最初からやり直すつもりで……。
「合田さん、ちょっと待って!」
学校からの帰り道。
校門を出て、少し歩いた辺りで、僕は彼女に声をかけた。
「……何か用事?」
「これ、合田さんにプレゼントしたくてさ」
そう言って僕が差し出したのは、ちょっとしたアクセサリー。駅前の露店で見つけたものであり、高価なものではなかった。
「あら、可愛い。でも、何で私に……? もらう理由、ないよ……?」
「ほら、合田さんは『蕾美』でしょ? だから似合うと思って……。ただ、それだけだから! あんまり大袈裟に考えないで、もらってくれないかな?」
「そこまで言うなら……。ありがとう!」
合田さんが、ニッコリと笑う。
「こんなこと言うの、ちょっと恥ずかしいけど……。私、男の子から何かプレゼントされるのって、生まれて初めて! だから、これ、大切にするね!」
そう言って彼女は、僕のプレゼントを早速、身につけてくれた。
彼女の艶やかな黒髪の間で、キラリと輝くアクセサリー。それは、青い蕾が四つ並んだ、珍しいヘアピンだった。
(「花ひらく髪飾り」完)
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