蕾摘み人 -つぼみつみびと-

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 ……読み終わった私の目は乾ききって、涙すらでなかった。また、心に、不思議と憎しみや怒りは起きなかった。  ただただ、先生の無念さ、がひしひしと胸に迫ってくる。そして、私に美術の徒としての友愛を注ぎ、誰よりも才能を信じてくれている振りを装いながら、心の底で私を憎悪し、嗤って過ごさざるを得なかった先生の半生に、底なし沼のような孤独と悲哀を感じるのみだった。  暫くの後、朝の光が満ちる冷え切った工房のなか、私は白い息を吐ききった。  そして、私はどうあれ、絵を描こうと思った。一生涯、絵を描いていこうと決意した。  たとえ、それが偽り導かれた道であったとしても。私にはもう、それしかないのだから。私はそう思った。  だが、それが先生の供養にもなる、なんて、甘ったるい感傷はまったく無しに。  ……ねぇ、先生、そうでしょ。  私は、心の中でそう呟きながら、油絵の具と絵筆を手に取ると、カンバスに赤い鮮やかな1本の線を、ざっ、と引いた。  自分の人生に対する覚悟を、自らに、そしてもうこの世には居ない先生に示すかのように。
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