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私は、いまでも、ときどき、遠い遠い記憶の果ての夢を見る。
……だが、これは夢ではないと、意識の向こう側でもうひとりの私が囁く。
これは現実にあったことだ。
笹舟などを水に浮かべ、ひとり川遊びしていた私を、突如の豪雨、そして、突然の濁流が襲う。
私はあっという間に川に飲み込まれ、激しい水の流れが、ちいさな身体を翻弄する。
鼻と口に淀んだ水が流れ込む。草履が足から離れていくのがわかる。袴の裾がもつれて身体に巻き付く。
苦しい、苦しい。息ができない。心にも、もうだめだ、たすからない、との想いが満ちたそのときだ。
身体がぷかりと水面に浮かんだ。
私の腕を強い強い力で引っ張るごつい手の力を感じた。その方向を見れば、丸眼鏡を掛けた若い男の人が、濁流のなか、私を必死に川岸へと導こうとしているのが見える。
少しずつ、少しずつ、身体が岸に近づく。
やがて、私の身体は遂に、その男の人の腕によって、川岸に辿りついた。
私は水を吐きながら岸に転がり上がる。それを見て、水の中で男の人が笑った。それは何処までも優しい安堵の笑みだった。
だが、次の瞬間、その男の人の姿が一瞬にして目の前から消え去った。
新たな濁流が男の人に襲いかかったのだ。それも大きな流木といっしょに。
男の人は流木に身体を挟まれ、水の中に勢いよく引き込まれて、その流れに飛沫を上げて沈んだ。
……それが、私と先生の出会いだった。
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