蕾摘み人 -つぼみつみびと-

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 先生と私が再会したのは、数日後、都内の大きな病院でのことだった。なんとか流木の隙間から助け出された先生は、その病院に運び込まれていたのだ。私は沈痛な表情を浮かべる母に手を引かれて、病院の長い廊下を歩いた。 「すず、あんたの命の恩人なんだからね、とにかく、良く礼を述べるんだよ。失礼があっちゃいけないよ」  母は噛んで含めるように私に言い含める。何度も、何度も。 「分かっています。ねえ、母さん、あの男の人、このお見舞いの絵、喜んでくれるかしら?」  私は袴の裾から、握りしめて、多少くしゃくしゃになったわら半紙を差し出した。そこには、私の稚拙な絵筆で、庭に生えていた矢車菊が描かれている。      私はひらひらとそれを母に振って見せたが、母は無言を貫いた。  そうこうしているうちに、廊下の果てにある先生の病室にたどり着く。私は、母に押し出されるように病室の中に身体を滑り込ませ、寝台に半身を預けた姿勢で窓の外を見ていた先生に深々と頭を下げた。 「このたびは、私を助けてくださって、ありがとうごぜいやす」  そして、顔を上げたとき、私は思わず、息をのんだ。  先生の右腕は、その付け根から忽然と消え去ったかのように、無くなっていた。  私は驚きのあまり、お見舞いの紙を、手から離してしまった。  矢車菊を描いたわら半紙が、はらり、と床に舞う。  すると、先生がその絵に目を走らせ、ほう、と、息を漏らす。そしてこう言葉を私に向けて放った。 「綺麗に描かれている。実に写実的で、かつ、瑞々しい表現だ」  そして、先生は片腕の半身を、くるり、と、未だ驚きで声をあげることのできない私の方に向けると、こう言ったのだ。 「君はなかなか、見込みがあるね」
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