蕾摘み人 -つぼみつみびと-

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 ……先生が、その界隈では有名な画家だと知ったのは、その直後のことだった。  そして、私が先生に乞われて、それまで通っていた女学校を辞めて、先生の家に、奉公という名の絵の修行に出されたのは、その一月後であった。  先生の家の工房にて、それから絵画漬けの日々が始まった。  奉公という名目でもあるから、朝早くに起き、飯炊きその他の家事を済ませ、朝食の後からはみっちり、先生の指導を受け絵を学ぶ。私は、それまで触れたこともないような西洋の美術本を渡され、それを教本に、デッサンの基本から遠近法やらの基礎的な絵画の技法を、口頭で教え込まれた。  先生の指導は厳しかった。修行は夕飯時、または夜半にまで至ることもままあった。ひとつのデッサンを完成させるまで、何日も費やすこともあったし、あまりに上手く絵が描けないと、先生に口汚く罵られることもあった。先生はときには残った左手で絵筆を掴み、私を激しく叩いて叱ることもあった。  だが、その激しい嵐のような折檻の時間の終わり、先生は決まってこう言うのだ。 「全ては君の可能性のためだ。君には僕が見込んだ絵の才能があるんだから」  そして、叩かれて赤く腫れた私の腕を取り、芸術家特有の熱い視線で先生は、私を丸眼鏡越しに見つめ、言う。 「すず、僕の失われた右手の代わりに、君のこの手で、この世に傑作を生み出しておくれ」
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