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数年が過ぎた。
女学校を卒業した元同級生の面々から、結婚の便りがちらほらとくるような歳に私はなっていた。だが、私と言えば、相変わらず、先生の家で絵の修行に没頭する日々が続いている。私には結婚、ましてや恋愛などへの興味も無く、ただただ先生の満足する絵を描くためにだけ、若い命を注いでいたのだ。だが、修行の甲斐あって、私の絵の技術は少しずつだが向上しており、美術雑誌などにもちらほらと、私の絵が掲載されるようになってもいた。
ある晩秋の日のことだ。先生の家を、ひとりの洋装の男性が訪れた。その身分を尋ねれば、本郷にある女子美術専科学校の教師だという。
彼は私の案内で先生の工房に上がり込むと、私の描いた絵を一目見て、唸った。そして少しの沈黙の後、こう言った。
「いやあ、これは素晴らしい。これぞ我が国の女子芸術の将来を担う才能だ」
そして、先生の後ろで、どぎまぎしながら、予想もしない展開に固まっている私を見ながら言う。
「若槻さん、どうか、彼女に我が校の試験を受けさせてやっては、くれませんか」
すると先生は即座に答えた。物静かに、だが断固とした口調で。
「それは断ります。すずに、まだ、それほどの力はありませんから」
そして、先生はすっ、と、左腕で玄関を指し示して私に言った。
「お帰り頂きなさい。さあ、すず、お送りして」
私は命じられるままに、まだ何か言いたげな男性を、なんとか工房から引っ張りだし、玄関に案内した。
そのときだ。男性は靴を履きながら、私にこそっ、と小さな声で囁いた。
「すずさん、学費のことなら気にしないで良いですよ。もし、合格したら特待生として君を扱うことを約束するから」
「でも……」
「試験に興味があったら、私のところに来なさい」
そして、男性は押しつけるように私の手に名刺を渡すと、私に、なにも反論する暇を与えず、悠然と夕暮れの下町の雑踏に消えていったのだった。
冷たい木枯らしのなか、私はごくりと唾を飲み下しながら、その後ろ姿を見送った。
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