蕾摘み人 -つぼみつみびと-

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 ……先生の工房を片していた私が、遺書を見つけたのは、初七日が終わった次の日の朝のことだった。  私は画板の間にそっと差し込まれていた、その文を開くと、恐る恐る先生の乱れた筆跡を、目で追う。  そこにはこうあった。 「なア、すず、人生において、一番残酷な行為は何だと思う? それは可能性を奪うことだよ。  あの日、川で溺れた君を助けた僕は、君を川岸に助け上げた次の瞬間、流れてきた巨大な流木に挟まれ、右腕を切断した。そう、僕は、君を助けて、右腕を失ったことで、画家としての人生を失ったんだ。  僕は君を助けたことを悔いた。あのとき君を助けなければ、川の流れのままに君を放っておけば、僕の画家としての可能性が遮断されることはなかったから。  だから、僕は画策したんだ。君に復讐したかった。  そのために何が一番効果的か。僕はあの矢車菊の絵を見た後、熟慮の末、こう決めた。  君の人生の可能性を奪ってやろうと。  僕は君の人生を潰したかった。絵という、あてもない才能に、君の可能性を縛り付けることで。  こうして僕は、絵の修行に、君を差し出させたんだ。  だが、思わぬことに、正直見込みを感じていなかった、君の絵の才能は、このたび、花開いてしまった。  皮肉なことに、摘み取ったつもりの蕾は、華麗に開花してしまった。  あの美術教師が訪れたとき、僕はこの賭けに、失敗したことに気づいた。  僕は君に負けた。  復讐は果たせなかった。  僕はそれが悔しくてならない。  今日、君が、僕に嘘をついて試験を受けに行ったことを僕は知っているよ。  そして、たぶん、いや、間違いなく合格するだろうことも。  こうして、僕の束縛を離れ、このまま外に羽ばたいていく君を見ていくことは、僕には死ぬより厳しいことなんだよ。  わかるかい、すず。  だから、僕は死ぬことにする。  あらためて、僕は自分の可能性に、自ら蹴りをつけることにするんだ。」
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