氷解

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 夕方、雨が降り始めた。 「冬なのになんでこんな降るかねえ」  ひとりごちてふとスマホを見ると、一希から「もうすぐ行きます」と連絡が来ていた。そういえば今、和希の傘は壊れているのではなかったか。気づくと裕孝は傘を二本持って家を出ていた。  最寄り駅の改札前に立つ。ホームと駅の外の両方から風が吹きつけ、裕孝はマフラーに顎を埋めた。傘を持つ手が痛い。  余計なお世話だったのではないか。傘ぐらい家に予備があるだろうし、そこらへんのコンビニで買うことだってできるだろう。小学生の息子を持つ心配性の母親じゃあるまいし。  自分が馬鹿らしく思えてきたころ、ちょうど電車が着いたようで、ひとの波が改札に押し寄せてきた。足早に過ぎ去るひとびとを、壁際に寄って見るともなしに見ていると、ふいに背の高い茶髪頭が目に飛び込んできた。和希だった。手にはビニール傘を持っていた。なんだやっぱり、と思いつつ声をかけようとしたところで、和希が右を向いて何か言った。  視線の先にいたのは、若い女だった。遠目にも、綺麗な顔立ちをしているのがわかった。女の小さな手が和希のコートの肘にかけられているのが見えた瞬間、裕孝は壁から離れ、駅を出るひとびとを追い越すように大股で出口に向かって歩き出した。しかし「あれ、ヒロさん?」という和希の声に立ち止まる。 「やっぱりヒロさんだ。何か用事でもあったの?」  振り返ると、和希はいつもと変わらぬ調子で手をひらりと振った。その顔に動揺は見られない。隣の女、というより少女と言えるくらい若かったが、も平然としつつ、誰だろう、と言う目で見てくる。困惑して突っ立っていると「あ、こいつね」と和希が女に取られた肘を上げた。 「茜です。俺の妹」
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