彼の夢

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彼の夢

とりあえず私の間に合わせの服を買いに出かけることになった。 彼に借りた服は私にはあまりにもサイズが違いすぎて不格好になってしまう。 彼はだいたい175センチ以上のわりと長身、対する私は160センチを切るくらいの中背でお互いわりと細身だが裾と袖の丈が合わなすぎてだらしなく見えてしまう。 しかし今更格好など気にしても仕方ない。 今まで最低のラインの生活をしてきたのだからこんなものは全く気に止めない。 プライドなんてとっくに捨てたのだから… 彼の部屋を出て駐車場に向かう。 彼の車は普通のセダンだった。 二人で洋服が揃う店を探しラフに着れる服を何点か選んでくれた。 そしてついでに私の生活用品も買い揃えてくれて夕飯も買って帰宅した。 この時間が夢の中にいるような気がして、まるで私はシンデレラになったみたい… でも、シンデレラは約束の時間が来ると全て消えてしまう… 全て幻のように消えてしまう… いつかそんな時が来るんだろう… いつか彼には素敵な女性が現れて私は必要無くなってしまうのだろう… 幸せと現実のギャップが大きければ大きいほどショックが大きくなるから、常に心の準備はしておかなくちゃ… 家に着いて彼に買ってもらった服に着替え二人でソファーに座った。 もう時計は夕方の6時を回っていた。 買ってきた夕飯のお弁当をダイニングテーブルに拡げてお互い向き合う格好で椅子に腰をおろした。 夢にまで見た人並みの生活、人並みの幸せ… そして人並み以上に優しい彼との生活… 私は幸せを噛みしめながら弁当を食べる。 松橋『和代さん、僕には夢があると言いましたよね? その夢は、誰にも頼ることの出来ない人達が幸せに暮らせる施設を作ること。 その誰にも頼れない人達とは、和代さんのような路上生活を余儀なくされた人や家庭環境に恵まれず虐待を受けてる人や家出をして行き場を失って悪の魔の手に堕ちていく人達… そういう人達を一人でも多く救って上げたいんです。 その為には莫大な資金が必要になるでしょう。 自分の力だけでは到底叶えられそうに無いけど、自治体などに支援協力を求めたり、信頼出来る共に協力してくれるスタッフを探したりと課題は山積みです。 その第一歩を踏み出すのにあなたが僕には必要なんですよ。 僕は必ず実現させてみせますから』 彼は目を輝かせながら話していた。 なんという心の優しい人…でも、おそらく現実はずっと厳しいだろう…組織が大きくなればなるほど統合は難しくなるし、みんながみんな彼のように純粋には生きていないから… それに虐待や家出をする人達には相談する人や手段がわからないケースが多いと思う。 だから人知れず一人で悩んで孤独に打ちのめされて自殺をはかったり家を飛び出したりするのだから… 私は偶然彼に拾われたけど例え現実にそんな良心的な施設があったとしても、きっと同じ道を辿っていたに違いない。 一人一人直接当たるには膨大な人手と時間がかかるし、卑屈になってしまって拒絶する人の方が圧倒的に多いだろう… でも…実際に経験した私達のようなものが立ち上がればもっと方法を見出だせるかもしれない。 彼にはそういう目的があって私を誘ったのかもしれないと思った。 彼がひとしきり喋ると 松橋『あっ、ごめんなさい。一方的にまくし立ててしまって、和代さん…協力してくれますか?』 私『もちろんですとも!この為に私は真人さんの家に来たんですから!』 自分でも驚いたが、松橋さん…ではなく真人さんと言ってしまった… 真人『やっと下の名前で呼んでくれましたね。ずっと他人行儀で本当は真人って呼んで欲しかったんですよ、ずっと』 私『あ…あの…何かすみません…ちょっと真人さんて呼ぶのは…図々しいかなって思ってて…でも、これからは真人さんて呼びますね…』 彼は嬉しそうに笑みを浮かべながら優しい眼差しで私を見つめる… 二人は食事を終えて片づけた。 真人『じゃあ僕もお風呂入ってくるんでリビングで寛いでいて下さいね』 そう言って彼は着替えを用意して脱衣所に向かった。 私はリビングのテレビの横に立て掛けてある一枚の写真を見つけた。 彼の少年時代の頃のものか、面影がハッキリ残っていて可愛らしい笑顔だ。 その横に肩を組んで写ってるもう一人の少年は… 友達なのか、それともこないだ話してくれた無くなったお兄さんなのだろうか… 中学生の頃か高校生くらいだろう。 彼の中では今もお兄さんが心の中で生き続けてるのかも知れない。 ソファーに座りぼんやりと彼が話してくれた夢について考えてみる。 彼がもしその施設を立ち上げられたとして、じゃあ私はどんなポジションに置かれるのだろうか? 私はどんな形で彼をサポート出来るのだろうか? 彼にこれだけ親切にしてもらったのだから、どんなに苦難が待ち受けたとしても、どこまで彼が苦労してもずっと側で支えて上げたい、そう思っている。 彼が風呂から上がってきた。 部屋着に着替えて少しのぼせているのか赤く火照った彼の顔がまた堪らなく可愛い。 真人『和代さん、和代さんはお酒とか飲めますか?』 私は路上生活をする前はザルと呼ばれたほどお酒に強かった。 男性を接待するお店でも働いた経験があったが、私はどれだけ呑まされても記憶を無くしたことがない。 私『お酒はけっこういける方ですが…』 真人『じゃあ、一杯付き合って下さいね。 僕は物凄く弱いけど(笑)』 そう言って彼はリビングのテーブルの上に缶ビールとつまみを拡げて私の隣に座った。 二人で缶ビールを開け乾杯して飲み始めた。 他愛ない話をしながら飲んでる内に彼はだんだん酔いが回ったのか、ろれつが回らなくなってきている。 そうとうお酒に弱いみたい。 まだビール一本飲みきってないのに…もう目も虚ろで… 完全に酔っ払ってしまったのか彼は私の右側に座っていたが、彼の左腕は私の後ろから肩に回して右腕は私の前側から私の左肩に回している… 当然彼の顔は私のすぐ目の前に… 私は硬直して動くことが出来ない。 酔ってフニャフニャと何か言っているがよく聞き取れない。 そして彼が堕ちる寸前に 真人『和代さんは…僕のことを…ムニャムニャムニャ…』 そう言って私のお腹辺りに彼の顔が… 彼の右手は… 私の… 胸に触れたまま眠ってしまった…
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