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舞姫
「遅いぞ!こっちだ!」
八百屋の屋根から友が呼ぶ。城を抜け出すようになってからできた、
平民の友だ。俺の素性も知っている、唯一なんでも話せる存在だった。
「と言いつつ、今日は遅めで正解だったな。」
重そうな水桶をぶら下げた天秤を、くるくると歌い舞いながらやってくる彼女。思惑が交錯した舞よりよっぽど彼女の舞の方が良い。澄んだ歌声が街に心地よく響き渡った。街の民も笑顔で彼女を見送る。
見なりは粗末だったが楽しそうに舞う姿を、屋根の上から友と一緒にじっと見る。
「そんなに気になるなら、王宮へ上げればいいのに。調べてやろうか?」
会う度に愚痴を言っていたのを、思っての言葉を友が口にする。
「…できる訳ないだろう。城なんかに彼女を入れれば、下手をしたら死ぬかもしれないんだ。」
金や権力しか興味がなく、足の引っ張り合いが日常の王宮に、彼女を入れたくなんかない。見せたくない…
彼女が舞姫なら…いや、ダメだ。
ギラギラした花々を思い出して、眉間にシワが寄る。
彼女は貧しく不自由だが…自由だ。俺で縛りたくない…
いつまでこうやって彼女を、見ていられるだろう。
ひと月後には成人の儀を迎え、こやって市囲に出ることも、よりいっそう許されなくなる。
姿を目に焼き付けるように、見えなくなるまで彼女を見送った。
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