夢と希望の花

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夢と希望の花

 エヌ氏は旅先で店に入った。あやしげな雰囲気のただよう、いかにもといった感じの雑貨店だった。その舞台にぴったりの腰の曲がった老婆が店の奥から出てきて、エヌ氏に声をかけた。 「あんた、金のなる木を知っているかい」  いきなりなんの話をしているのだろうと思いつつも、エヌ氏は答えた。 「はあ、名前くらいは知っています。葉がコインに似ているからとつけられたやつでしょう」 「いやいや、なにを言っているんだい。そんなけちな木のことじゃないよ。わたしが話しているのは本物の金がなる木だ」  老婆が笑いながら話す。その笑いかたの不気味なこと、このうえない。 「そんな夢みたいなことがあるわけないでしょう。物語のなかの話ですよ」 「まあ、たしかにこの世に金のなる木なんて存在しない」  腰の曲がった老婆がエヌ氏を見上げた。その目が奇妙に光る。エヌ氏は気圧されるような迫力に若干体をのけぞらせた。 「しかし、金のなる花ならある。花が咲いて、実をつけると、金の種を作るんだ。どうだい、欲しくないかい。いまなら安くしておくよ」 「はは、冗談でしょう。そんな都合のいいもの、あるわけがない」 「それがあるんだ。だれにも言っていないけど、たしかに存在している。いま持ってきてやろうじゃないか」  そう言って、老婆は店の奥へと消えた。エヌ氏は店を出ようか迷ったが、結局その場にとどまった。異様な空間に呑みこまれていたのかもしれない。  しばらくエヌ氏が立ちつくしていると、小さな箱を持った老婆が、店の奥から一歩一歩近づいてきた。たっぷり時間をかけてエヌ氏のもとにたどり着く。 「ほら、この箱に入っている。見てみな」  老婆が箱を差しだす。エヌ氏はそれを受けとって開いた。 「これはなんなのです」  箱のなかにはごく小さい金色をした種のようなものが入っていた。 「さっき言っただろう。金のなる花の種さ。この種を地面に植えるんだ。そうすると、まわりの土から金の成分を取りこみながら成長する。そして、集めた金がなった実の種になるという仕組みさ。簡単なものだろう」 「本当にそんなことができるのですか」 「できるとも」 「いや、しかし、こんなうまい話あるわけがない。そうだ、第一、なぜあなたがこれを使わないのです」  エヌ氏は重大な点に気がついた。黙っていても金が儲かる手段があるのならば自分が使うべきだ。 「わたしもできればそうしたいさ。でも、わたしにはその種は使えないんだ」 「どうしてです。ただ種を植えて、育てるだけでしょう」 「そこが問題なのさ」  老婆は疲れたのか、商品として陳列されている椅子に遠慮なく座った。 「ごらんのとおり、わたしはかなり歳だ。あと何年生きられるかもわからない」 「それのなにが問題なのです」 「若いのに察しが悪いね。植物は一朝一夕で育つものじゃないんだよ。魔法の木でもあるまいし、わたしには残された時間が足りないのさ。もうすこしわたしが若ければ、だれにも渡さなかったのにね」  老婆が悔しそうに口にした。 「すると、この植物は実をつけるまでに何十年も時間がかかるのですか」 「いいや、そんなことはない。せいぜい数年さ」 「それなら、十分間にあうではないですか。話が合わない」 「ふふ、それがこの種の意地の悪いところだよ。この種はね、一回育てたら終わりじゃないんだ。新しくできた種を使って、また金のなる花を育てられるのさ。育てるたびに種は地中の金を含んで大きくなる。はじめは小さかった種も回数を重ねるごとにその重量が増していくんだ」  老婆の話にエヌ氏が聞き入る。 「もうわかるだろう。雪だるまみたいなものさ。小さいときは苦労するが、大きくなりさえすればあっという間だ。この種の真価は長年育ててやっと発揮されるんだ。その時間がわたしにはない。ただそれだけのことだ」  話しおえた老婆が眠るようにまぶたを閉じた。 「話はわかりました。しかし、なぜ種をゆずるのがわたしなのです」 「なんの理由もない。ただの気まぐれさ。それにだれがゆずるなんて言ったかい。あんたにはちゃんと買ってもらうよ」 「はあ、おいくらで」  エヌ氏の問いに老婆は指で数字を示した。 「けっこうな値段ですね。安い買いものじゃない」 「当たり前さ。本当ならもっと値段をつり上げてもいいところだ。なんといってもこの種には無限の可能性があるんだからね。けっして損はしない、時間をかければ儲かることがわかっている逸品だよ。さあ、どうするね。あんたが気に入らなければ、ほかのやつに売ってもいいんだ」  エヌ氏は考えた。たしかに安い買いものではない。だが、かといって手が届かない額でもない。仮に老婆の話がうそだとしても高額な勉強料だったとあきらめられる金額だ。しかし、そうやすやすと誘いに乗っていいものか、否か。 「はやく決めてくれ。わたしには時間がないんだよ」  老婆がせかす。エヌ氏は決断することにした。 「わかりました。買いましょう」 「そうかい。あんた、いい買いものをしたよ。ほら、さっさと金をよこしな」  催促する老婆に、エヌ氏は言われたとおりの金額を渡した。 「どうも、ありがとう。いまからその種はあんたのものだ。だいじに育てるんだよ」  エヌ氏は自分のものとなった金色の種をしげしげと眺めた。これが何十年後には大きな金塊になっているわけだ。いまから夢はふくらむ。エヌ氏が妄想にふけっていると、いつの間にか立ちあがっていた老婆から注意を受けた。 「なにをつっ立っているんだい。買いものがすんだらはやく帰りな。店にいられちゃじゃまだよ」 「はあ」  エヌ氏は追いはらわれるように老婆の店をあとにした。
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