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帰り道は上り坂。
今日は予約客はいないから、急ぐ必要はない。
せっかく天気がいいので砂浜におりた。
スニーカーの裏にふれる砂が柔らかくて心地いい。
さくさくと踏み鳴らして、歩いていると釣り人の魚を狙う海鳥がバケツに少しずつ近寄っていた。
「こらー!」
追い払い、なんとか魚を死守した。
バケツの持ち主を探すと、砂浜に寝転んで……いやいや、動かないし、まさか死んでる!?
慌てて近寄り、体を叩いた。
「もしもし!?生きてますか!?」
「う……」
その人は何度か瞬きし、砂だらけの頭をぶるぶると犬ように振った。
「寝てた……」
「ええええ!?」
な、なんて人騒がせな。
ぼうっとした顔で私を見ていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
疲れているのか、顔色もよくない。
近くには連れの人とかも見当たらないし、どうやってここまできたんだろう。
「あの、顔色よくないですし、釣りをしないで少し休んだ方がいいかもしれないですよ」
「休暇のつもりで釣りをしていたんだが」
「むしろ、眠った方がいいと思います」
なにかしてないと落ち着かないタイプなのかもしれないけど、疲れている時は何もしないに限る。
「っていうか、頭から爪先まで砂だらけですよ。よかったら、私の家のお風呂使いますか?うち、温泉付きの民宿なんですよ」
「へえ」
温泉付きと聞いて、その人は興味をしめした。
「行きますか?」
「そうだな。お願いします」
「えーと、私は高吉星名。ほら、あの少し高い所に青い屋根が見えるでしょ?あれが民宿『海風』で私の家なの。あなたの名前は?」
「俺は朝日奈伶弥。職業は旅人」
旅人?
まあ、そんな職業の人もいるかもしれない。
日本一周している人とか、たまにいるもんね。
民宿をやっていると、変わったお客さんも大勢くるし、なんの疑問にも思っていなかった。
朝日奈さんとの出会いが私の日常を大きく変えてしまうことをこの時の私は思いもしなかったのだった。
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