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朝日奈さんが仕事を片付けて民宿『海風』にこれたのは夕方だった。
不機嫌を絵に描いたような顔で朝日奈さんは現れ、亜弦を睨みつけていた。
もっと怒ってやっていいよ!といろいろな恨みがある私としては口には出さなかったけど、『ほーら、怒られた』という顔をしていると、私の心の中がわかるのか、亜弦は私を睨みつけた。
「兄さん。スーツ姿で着替えもしないで、こっちに慌ててくるくらい心配だったわけ?」
「黙れ」
うっと亜弦はたった一言で言葉に詰まった。
兄に弱すぎでしょ。
それとも、朝日奈さんが怖いのか―――ギスギスした空気に猫達は遠くからチラチラと眺めて近寄ってこない。
「まあまあ。男兄弟ってのはこんなもんだ」
お父さんは空気を察して、二人の間にさっと入ると、食堂へと案内した。
今日は他の宿泊客がいなかったので夕飯はみんなで食べることができたから、ちょっとした宴会になった。
お刺身はもちろん、サザエを焼いたものやトマトと玉ねぎのマリネ、みょうがとキュウリの浅漬け、ナス、カボチャなどの夏野菜の天ぷらと鶏のから揚げがずらっと並んでいた。
サラダと浅漬けは私が作った。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
朝日奈さんが言ったけど、両親はまったく気にしていない。
「いやいや。お客さんだからね。迷惑なんかじゃないよ」
「そうよー。夢を追ってバイクで一人旅なんて素敵じゃない」
「夢を追って……?」
朝日奈さんは微妙な顔をしていたけど、うちの両親二人はキラキラした目で亜弦を見ていた。
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