22人が本棚に入れています
本棚に追加
1話 死神と僕
僕の16年の人生が、あと5時間で閉じるそうだ。
なのに──
『ね、ゆきちゃん、小腹空いちゃった。あそこのクレープ食べよ?』
死神の彼女は、僕の寿命を最後まで守るために憑いているのに、やたらと張り切って、この現世をエンジョイしている。
これを説明するには、ちょうど3時間前になる。
────今日は小論文の発表があった。
しっかりと書ききることができた。それぐらいにしか思ってなかったけれど、今思えば、よく書けたと、張りきっていたのかもしれない。
すっかり秋に染まった街は、枯葉と一緒に気温も落ちる。
寒いのが苦手な僕は、バッグを斜めがけして、学ランの詰襟を上まで閉めると、マフラーを鼻先まで巻いて、指先が冷えないようにズボンに手を入れてから、徒歩で学校に向かう。
地元の高校だから、幼稚園からいっしょの奴もいるけれど、僕もむこうも話したりはしない。明確な理由はわからないけど、僕のコミュ力が足りないせいなのは間違いない。
変わらない、いつもの朝。……のはずだったのに、通学路の交差点で、それは起きた。
交通事故だ。
それも、僕を巻き込んでの。
横断歩道の信号待ち、青信号を確認してからの一歩。そこに突進してきた車が一台。
死ぬ瞬間はスローモーションだなんて、嘘だと思っていたのに本当だなんて。
これで死ぬのか………
僕はこの死に方に納得した。ようやくきた天罰だと、瞼を下ろす。
なのに、僕の体が意図せずよろけた。
いや、後ろへ引っ張られた?
尻餅をついた結果、僕をかすめて車が通り過ぎていく。
ただ、すぐ先の電柱にぶつかり、車は大きくひしゃげてしまった。
『ふぅ〜、どうにかなったぁ! よし、最後まで頑張ろうっ』
この喧騒のなか、よく通る声だと振り返ると、横に見知らぬ女の子がいる。
年齢は同じぐらいだろうか。彼女は大袈裟に額を拭うフリをして、ガッツポーズを取る。だけど、どうみても地面から浮いているし、格好が変だ。
黒いローブを着込んで、背中には身長より大きな草刈鎌がある。
彼女は慣れた動作でローブをひるがえした。そこに見えたのは、くるぶしまである紫色のドレスだ。その裾をつまんで、僕の後ろへするりとついた。
憑いた、というべき……?
「……え? 君、誰?」
『え? あたしのこと見えるの……?』
お互いに見つめて固まった瞬間、僕の手首がいきなり掴まれた。
引っ張り、立ち上がらせてくれたのは、クラスメイトの陽キャ&イケメンの梶君!
「ちょ、あの、」
「ヤバい! あれヤバい! 佐伯のこと狙ってる! とにかく逃げよっ!」
落ちかけたバッグを握り、もつれる足を必死に上げるけど、梶君の足の速さは尋常じゃない。
何度も何度も振り返り、その度に顔の色を青から白へ変えていく。
どう見ても、恐怖だ。
「なんで、あいつ、人の背中つたってこっちに来るんだよ……!」
叫ぶ梶君だけど、目が点になってるし、手汗も酷い。それに、痛い!
『あたしが見えてるのかなぁ?』
すーーーっと憑いてくる彼女は、僕の背中のあたりをうろちょろするけど、梶君の視線はそこにはない。
「あ、おい、トラ、学校は?」
梶君と同じグループの男子だ。トラと呼ばれた梶君は、走りつつ叫ぶ。
「サボりーーーっ!」
「……ええええっっ‼︎」
僕の絶叫は虚しく道路に響き、そのまま引きずられるように、裏路地のカフェへと連れ去られてしまったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!