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2話 死神とカフェ
カフェの名前は、kaedeと筆記体風に綴られていて、とてもオシャレ。
外装は、白い漆喰と白いレンガが虫食いのように壁を結んでいて、蔦なんて生えていたら老舗のカフェみたい。
でも内装を見る限り、居抜きの美容室を無理やりカフェにしたようで、洋風の大きな鏡がカウンターの後ろに並んでいる。それがまたオシャレだし、面白い。
僕は今の状況を理解したくなくて、現実逃避に周りを見るけれど、梶君の落ち着きが戻らない。
学ランの中のカーディガンの袖を伸ばしてみたり、縮めてみたり、少しくすんだ明るい茶色の髪を指で結ったりと、せわしない。
「あ、あの、その……」
「佐伯さ、幽霊とか、信じるタイプ?」
唐突な問いに、僕を察してか、店員のお姉さんが話を遮るように水を置いてくれた。
「大河、あんたバカ? いきなり言って信じる人いるわけないでしょ? ……てかさ、こんな真面目な子とあんた友だち? 君も、うちの弟になんかカツアゲとかされてない? それ、犯罪なんだよ? よし、お姉さんと警察に行こう! ね!」
いきなり腕をつかまれ、僕の腰が浮く。
それに梶君が慌てて間に入った。
「姉貴、んなことしないって言ってんだろ? たしかにチャラくてサボるけど、犯罪はしてないってっ!」
そのやりとりを見て、ようやく姉弟なんだと認識を深めたとき、隣で海のブイみたいにプカプカしていた死神の彼女がメニュー表を指さした。
『ねぇ、ゆきちゃん、あたし、ココア飲みたい』
「……え?」
『佐伯裕貴でしょ? あたし死神だもん、名前ぐらい知ってるし。あたしはヴィオラ。ヴィオって呼んで。ね、ゆきちゃん、ココア飲みたい』
「ゆきちゃんって……というか、ココアって……飲めるの? 死神なのに?」
彼女と会話を進めていると、向かいの姉弟の目が点になっている。
「佐伯、誰と話してんの……?」
「え? 隣の、……死神? 見えない?」
僕が彼女に指をさすと、彼女は楽しそうに笑って手を振って見せるけど、「幽霊を信じるタイプ?」と言い出した梶君なのに、半信半疑の顔つきだ。
「……ちょ、オレ、一度整理させて……さっきの事故現場で見たの、アレ、なに⁉︎」
梶君が話してくれたことは、こうだ───
「グロテスクなヤツがいるんだよ。顔が20個ぐらい? 固まってついてるような感じのヤツ。そいつがにゅるって車から出てきたの。で、オレ、霊感、ばりばりあんの。そのグロいヤツって、事故現場とか、自殺の多いマンションとかにいるから、てっきりそいつが死神だと思ってて……でも、佐伯の隣に、死神、いるんだもんな?」
「うん。見た目は僕らとかわらないぐらいの女の子だよ。黒いローブ着て、背中には大きな鎌をしょってて、紫色のドレス着てる。髪の毛は金髪。フランス人形みたい」
僕の例えが気に入ったのか、ヴィオは嬉しそうに笑顔を浮かべて僕を覗き込む。
その青い目は大きくて、金色のゆるい癖っ毛が笑顔にかかる。それを耳にかけ直しながら、彼女は桃色の薄い唇を開いた。
『そのグロいの、ファントムだと思うよぉ。負の心が具現化した塊』
「あ、彼女が言うには、君が見たの、ファントムって名前だって」
『ファントムは人の背中に憑いて移動して、死神が憑いている人間を襲うの。引っ掻いて、死の呪いをかけちゃうんだよ。おっかないよねぇ。だからゆきちゃん、狙われちゃったんだろうけど』
彼女はメニュー表を眺めて、指をすべらせながら言い切るけど、これを僕が説明するのか……。
「えっと、ファントムって、人の背中に憑いて移動して、引っ掻かれると死ぬんだって。で、僕みたいな人間を襲うらしいよ」
梶君は、僕が左を見て、前を向いてを繰り返す様に、ふぅん。と返事をするものの、少しダルそうにテーブルに肘をついた。
「いちいち通訳いるのダルくない? オレの声は聞こえてるっしょ? しかもさ、オレが死神見えないって、なんかショック。幽霊と会話もできるぐらいなのにさぁ」
残念そうに梶君がテーブルに寝そべった。身長が高いだけあって、指も長い。その伸びた指先をヴィオは見つめてボソリと呟く。
『霊感あるって言うし、もしかしたらいけるかな……』
試すように彼女は細い腕を伸ばすと、色白の小さな手を梶君の手に重ねた。そして、ヴィオは囁き声でゆっくりと喋りだす。
『……今、……あなたの脳内に、……直接、……話しかけています……』
「……ふぇ? え? なに、なに? こいつ、直接脳内に⁉︎」
『あたしはヴィオラ……ヴィオって呼んで……そして、ココアをちょうだい……』
「ココア、だと……! わ、わかったけど、なんかキモいなっ! あ、佐伯、何飲む?」
僕はこのやりとりについていけないながらも、紅茶が欲しいと伝えてみた。
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