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5話 死神と映画鑑賞
裏路地を抜けて、着いた映画館だけど、昔の思い出の場所とは違っていた。
いつの間にか改装されていたようだ。
小洒落たレトロな映画館になっている。
1階は雑貨屋とカフェがあり、2階に映画館がある。
昔は1階にも映画館が入っていた記憶があるが、自信がないので話題には出さなかった。
チケットを購入しようと、カウンターで指を3本立てる。
席に余裕があるというので、どの席がいいか決めようとした時、僕にぶら下がっていたヴィオの手が、僕の人差し指を握る。
『2、だよ! あたし、席いらないし』
「でも、せっかくだから、席、取ろう?」
カウンターのお姉さんは少し不思議な顔をしたけれど、3席分のチケットを出してくれた。
すぐロビーに戻ると、梶君が両手いっぱいにフードを抱えている。
「チケット代、これで交換にしよ! オレはコーラ。あとは、ジンジャーエールとオレンジジュース買ってきた。チュロスの味は三つ違うから、好きなのとっていいよ。あとポップコーンは無難に塩で統一したわ」
『あたし、オレンジジュース! ゆきちゃんはジンジャーエールね。チュロス、シナモン以外なら食べれるから、ゆきちゃん、シナモン食べてよ』
「はいはい。ん?」
「なんかゆきちゃんとヴィオちゃんのコンビ、息合ってる」
ケラケラと笑いながら係の人にチケットを手渡す梶君だけど、どこまでも明るくて、気が利いて、見た目だって垢抜けてカッコいいし、憧れてしまう。
『トラちゃん、カッコイイねぇ』
「そうだね……」
『ゆきちゃんは、相手のこと大切にするところが素敵だよ? ほら、置いてかれちゃう。ヤバい。めっちゃ映画、楽しみぃ!』
ヴィオは改めて僕の背中に乗ると、梶君の背中を指差した。
マフラーをほどいても、ヴィオの腕の重みをうっすらと感じる。
少し暑く感じるのも、ヴィオのせいだろうか。
「席、後ろだから、見やすいと思うよ」
『やったぁ!』
僕らの席は、一番後ろの列の、ど真ん中。
というのも、平日のお昼前、中度半端な時間なのと、ロングランしているせいか、観客が僕ら含めて10人もいなかったのだ。平日の映画館なんて、こんなものなのかもしれない。
お客さんの入場が終わったのもあり、改めて梶君にファントムチェックをしてもらう。
「誰にも憑いてない。よーし、楽しもうぜぇ」
僕と梶君の間が空いている。そこにヴィオが腰を下ろしているのだけれど、側から見ると、わざと席を開けて座っている友達、みたいに見えるのかな。
『わぁ〜! 絵柄が違うっ。すごい、キレイだねぇ〜』
「……静かにしてよ」
『いいじゃん、あたしの声、誰にも聞こえないし』
見ると、梶君には触れずに喋っているようだ。
『あたし、この映画、大好き。ゆきちゃんと見れて嬉しいっ』
「そっか。僕は、あんまし」
『なら、今日、好きになるよ!』
映画の注意から、最新作のCM動画が終わり、すぐに可愛らしい緑色のタヌキのキャラクターがコミカルに動きだした────
ストーリーは、新興住宅地として開拓が進む森で、妖怪と偶然出会ったタヌえモンが、妖怪と人間の抗争に巻き込まれていく、というもの。
ターゲットが小学生の映画だけあって、友情、努力、勝利が散りばめられた、緩急あるわかりやすい作品だ。
エンドロールも流れ終え、ちょうど2時間。明るくなった室内だが、まだ2人は立てていない。
なぜなら……
「ヤバ、ゆきちゃん、これ、泣けてマジ、ヤバ……。あのミル美ちゃんがさ、最後には妖怪を許して、さらには、手を差し伸べて……うぐっ!」
『手をさ、シーサーがちょこって、ちょこって、触るのが、もうっ! もう……だめだ……あぁ……涙がどばんだいっ』
僕はというと、横でワーワーしゃべる死神のせいで、全然集中ができなかった。
いや、それは言い訳だ。
白く浮かぶヴィオの顔が、どこか懐かしい顔に見えて仕方がなかった。
それが誰かが気になって、喉の奥の小骨のようで、集中できなかった。
『ゆぎぢゃんも、好きになっだじょ?』
もう涙と鼻水でぐずぐずのヴィオに、「まあ」と返すと、肩を叩かれた。全く痛くはなかったけど。
だらだらと会場を出て、すぐにトイレ問題が。
ヴィオは慣れたもので、目隠しで難を逃れ、僕たちは再びロビーへと戻ってきた。
梶君の足が急に止まる。
みるみる顔つきが険しくなっていく。
「……急げ。ヤバい! エレベーターまで走れぇっ!」
梶君の声に合わせて、ヴィオがいきなり顔を手で覆った。
『臭っ! なにこれ! めっちゃいるっ』
「いくぞ、ほら見つかる! ……見つかったぁぁぁ!」
一番僕がわからないため、再び引っ張られながらエレベーターへ駆け込んでいく。
「閉まれ閉まれ閉まれ!」
梶君の声が呪文のようだ。
ヴィオは僕にしっかりしがみついて、すんすんと鼻を鳴らしている。
『やばい、四方八方にいる……』
右手にチケットを持っている女性が、どうしてか大股でこちらへ向かってくる。
閉まりかけたエレベーターを見つめる目じゃない。
「……僕を、見てる……」
釣り上がった目に、細く歪んだ唇。引きつった笑顔で僕を見つめて、不気味すぎる。
もしかすると、ファントムにはこんな顔がいっぱいついているのかもしれない。
異様で、目つきに生気がないし、何より視線だけなのに、恐怖が体にへばりついて、手が震える。
少しでも距離を取ろうと下がるけど、ここはエレベーターだ。
四方が壁!
「早く早く早く!」
梶君の声とは裏腹に、ようやく閉まり始めた扉。
なのに止まらない女性の足。
赤いヒールがガツンガツンと床を鳴らす。
エレベーターは古いままのため、建て付けの悪い扉のように、軋む音を立てながら、ガタン、ガタンと隙間を埋めていく。
閉まりかけた瞬間、あの女の人の手が差し込まれた。
「ひっ!」
長い爪をひっかけるように扉を掴んだ手を、躊躇なく、梶君の足が蹴り下ろされる。
「誰が乗せるかぁ!」
この言葉は、僕を守りたい、というよりは、彼が見えているグロテスクなファントムと同乗したくない、という意味だと僕は直感的に理解した。
どうにか閉まり、安全地帯となったエレベーターで一息つくけれど、
「ね、」
「なんだよ、ゆきちゃん」
「もしかしたら、一階にファントム背負った人たちが集まってるとかって、ある……?」
『……だ、ダッシュの準備! ってか、あたし、ファントム、斬る? 斬っちゃう?』
「ヴィオちゃん、ひと薙ぎで何体切れる?」
『1体まで、です』
「「温存」」
僕らの意見が一致したところで、古いエレベーターは、結構な振動を立てて、じんわりと止まった。
「走るぞ、ゆきちゃんっ」
梶君がいきなり僕の右手首を握った。額からの汗が粒になって頬を伝っている。
『ゴー! ゴー! ゴー!』
外国映画のように、ヴィオの叫びで飛び出した僕たちは、1階の店舗を繋ぐ通路を走り出す。
朝同様、引っ張られるように走っていくけど、僕でもわかる。
目つきが全く違う。
ファントムが憑いている人が、あっちこっちに、いる……!
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