1話 死神と僕

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1話 死神と僕

 僕の16年の人生が、あと5時間で閉じるそうだ。  なのに── 『ね、ゆきちゃん、小腹空いちゃった。あそこのクレープ食べよ?』  死神の彼女は、僕の寿命を最後まで守るために憑いているのに、やたらと張り切って、この現世をエンジョイしている。  これを説明するには、ちょうど3時間前になる。  ────今日は小論文の発表があった。  しっかりと書ききることができた。それぐらいにしか思ってなかったけれど、今思えば、よく書けたと、張りきっていたのかもしれない。  すっかり秋に染まった街は、枯葉と一緒に気温も落ちる。  寒いのが苦手な僕は、バッグを斜めがけして、学ランの詰襟を上まで閉めると、マフラーを鼻先まで巻いて、指先が冷えないようにズボンに手を入れてから、徒歩で学校に向かう。  地元の高校だから、幼稚園からいっしょの奴もいるけれど、僕もむこうも話したりはしない。明確な理由はわからないけど、僕のコミュ力が足りないせいなのは間違いない。  変わらない、いつもの朝。……のはずだったのに、通学路の交差点で、それは起きた。  交通事故だ。  それも、僕を巻き込んでの。  横断歩道の信号待ち、青信号を確認してからの一歩。そこに突進してきた車が一台。  死ぬ瞬間はスローモーションだなんて、嘘だと思っていたのに本当だなんて。  これで死ぬのか………  僕はこの死に方に納得した。ようやくきた()()だと、瞼を下ろす。  なのに、僕の体が意図せずよろけた。  いや、後ろへ引っ張られた?  尻餅をついた結果、僕をかすめて車が通り過ぎていく。  ただ、すぐ先の電柱にぶつかり、車は大きくひしゃげてしまった。 『ふぅ〜、どうにかなったぁ! よし、最後まで頑張ろうっ』  この喧騒のなか、よく通る声だと振り返ると、横に見知らぬ女の子がいる。  年齢は同じぐらいだろうか。彼女は大袈裟に額を拭うフリをして、ガッツポーズを取る。だけど、どうみても地面から浮いているし、格好が変だ。  黒いローブを着込んで、背中には身長より大きな草刈鎌がある。  彼女は慣れた動作でローブをひるがえした。そこに見えたのは、くるぶしまである紫色のドレスだ。その裾をつまんで、僕の後ろへするりとついた。  憑いた、というべき……? 「……え? 君、誰?」 『え? あたしのこと見えるの……?』  お互いに見つめて固まった瞬間、僕の手首がいきなり掴まれた。  引っ張り、立ち上がらせてくれたのは、クラスメイトの陽キャ&イケメンの梶君! 「ちょ、あの、」 「ヤバい! あれヤバい! 佐伯のこと狙ってる! とにかく逃げよっ!」  落ちかけたバッグを握り、もつれる足を必死に上げるけど、梶君の足の速さは尋常じゃない。  何度も何度も振り返り、その度に顔の色を青から白へ変えていく。  どう見ても、恐怖だ。 「なんで、あいつ、人の背中つたってこっちに来るんだよ……!」  叫ぶ梶君だけど、目が点になってるし、手汗も酷い。それに、痛い! 『あたしが見えてるのかなぁ?』  すーーーっと憑いてくる彼女は、僕の背中のあたりをうろちょろするけど、梶君の視線はそこにはない。 「あ、おい、トラ、学校は?」  梶君と同じグループの男子だ。トラと呼ばれた梶君は、走りつつ叫ぶ。 「サボりーーーっ!」 「……ええええっっ‼︎」  僕の絶叫は虚しく道路に響き、そのまま引きずられるように、裏路地のカフェへと連れ去られてしまったのだった。
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