More Than Money

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 人生で一番大切なものは?と聞かれれば、俺は迷わず「金」と答える。  金が無ければ何も出来ない。金で全てが買える時代に生まれてきたのが運の尽きだ。だからこそ、俺は金以外信じない。  金が好きか?と聞かれれば、俺は迷わず「はい」と答える。  金は裏切らない。金とは自分がどれだけ使える奴かを表す、最も単純な目に見える評価の値である。だからこそ、俺は金以外強請ったことも、強請るつもりもない。  なのに何故だ?目の前に居るやつは、生意気に頬を膨らませて俺を睨む。俺の手元にはこいつの年齢からすれば十分すぎるくらいの金が握られているにもかかわらずだ。  こいつの欲しいものなど、分からない。俺の欲しいものは金だけだからだ。  俺の唯一と言っても良い、信頼していた親友が死んで、その忘れ形見を引き取ったのは約一年前のことだ。  引き取ってからも、心の距離は縮まることはない。むしろ日に日に離れて行ってる気さえする。理由は簡単だ。俺が目を背け続けているから。仕事に打ち込んで、まだ中学に上がったばかりの子供を持て余しているからに他ならない。  もちろん、最低限…いや最低限以上の衣食住は与えている。  懐きはしないことなど重々承知しているが、その上こいつは俺のことを嫌っているらしい。何かを強請られたことなどないし、与えるものすらよく拒む。まぁ俺が与えられるのは金くらいだが。  現に今もこいつは誕生日祝いと称して現金を突きつけた俺に向かって、敵意剥き出しの目で応戦している。  「何が不満なんだ?」 俺はほとほと呆れて、そう聞いた。こんな日付の変わるギリギリまで起きてたんだ、何か欲しかったんじゃ無いのか。 「…これじゃ無い」 そいつは前の態度から一変して、しんみりとした声でそう返した。  これじゃ無い、だと?金しか友達が居なかった俺に、こいつは一体何を求めているんだ? 「僕の誕生日はいつも…」 そこまで言って、そいつはフラリと立ち上がる。そして俺が何も出来なくて固まってるうちに、さっさと自室に篭ってしまった。  何を間違えたんだ?自分が欲しいものくらい、俺に言うのが嫌なら、この金で好きに買えば良いだろう。  さっぱり分からん。お手上げだ。俺はスーツを片付けるため、部屋に戻る。ハンガーに手を掛けた時、俺は変なことを思い出した。  『あいつの誕生日プレゼント、というかケーキは変わってたな』 亡き親友は、「どうせ欲しいものは自分で買うんだからケーキにしたほうがお前も嬉しいだろ」と勝手に決めつけ、俺の誕生日には毎回ケーキを持ってきた。ただ、面倒くさがりのあいつのことなのでケーキ屋なんて洒落たところには行かず、毎回コンビニのケーキだったが。  それも、毎年毎年飽きもせずロールケーキ。上手いから良いが、コンビニと言えども他にケーキくらいあるだろ。とツッこんでみたが、結局最期までロールケーキが突き通された。  俺は懐かしい気分に浸りながら、ふと近くのコンビニを思い浮かべる。  まだ開いてるよな?  俺はスーツのままコンビニを目指して歩く。深夜なので人気も無く、眠そうな店員が覇気のない挨拶を口にした。  ロールケーキが丁度二つ。パッケージも、あいつが買ってきていたやつと全く一緒だ。  俺はレジを済ませ、早足で家に戻る。  どう切り出そうか?先程部屋に篭ってしまった子供を外に出すための言い訳を考えるが、どうにも良い案が浮かばず、勢いでノックをすることにした。  ガチャリと扉が開いて、頭だけ出した子供は訝しげに俺を見上げる。  「ロールケーキ、食うか?」 俺はそこまで口下手では無いはずだが、この子を前にすると言葉が上手く出てこない。 「なんで…思い出したの?」 そいつの返しは幾分か予想外で、俺は眉を顰めた。 「何のことだ?」 「だって、ロールケーキって…」 駄目だ、話が見えない。 「ロールケーキは嫌いだったか?」 そりゃそうか、折角の誕生日ケーキだもんな。コンビニのケーキじゃ味気ないのは言うまでもない。俺はこれが普通だったから違和感はなかったが、中学生相手にこれは酷い。今更気付いても遅いんだが。 「お父さんも…」 ぽつりと呟かれた一言で、やっとこいつの意図することが明確になる。 「まさかあいつ、自分の子供の誕生日にまでロールケーキなのかよ…」 まぁ、湧き上がった感情は感動ではなく、呆れ9割だけどな。 「取り敢えず、食うか」 日付は変わったが、この際良いだろ。  笑顔でロールケーキをパクつ子供を見ながら、なんでそもそもロールケーキなのかを思い出そうとする。  そんな話をした覚えは無いが…コンビニなのは変わらずとも、確か昔はショートケーキとかだったはずなんだ。いつから変わった?  「何考えてんの?」 「いや、なんでロールケーキだったんだろうなって」 「オジサンのせいだって言ってたよ?」 「俺のせい?」 そう言われても、心当たりは無い。 「オジサンが初めて美味しいって言ったケーキなんだってなんか誇らしそうだったよ」 父親の面影を思い出したのか、少し唇を噛みながらも、こいつは幸せそうに語った。 「だから味は間違いないはずだって、毎年僕の誕生日ケーキもこれ。お母さんは笑ってた」 「あいつ、味覚音痴だったしな」 というか俺の感想を味の評価基準にしないでくれ。  そういえばそうだった。ささやかすぎて忘れてた。俺がある年の誕生日に、気まぐれで美味いと言ったケーキがこれだった。  その時あいつはどんな顔をしてたっけ?バイトのシフト表を見ながら食ったために覚えてない。当たり前になっていた。毎年ケーキが持ってこられることも、その横で誕生日おめでとうと幾つになってもはしゃいだようにあいつが言うことも。無くなるなんて、思ってなかった。  「お誕生日、おめでとう」 俺があいつに言われた分、あいつがこいつに言えなかった分、俺がこいつに言わないと。  これは金じゃ買えない。どれだけ金を積んだところで、あいつは帰ってこないし、失われた時間も巻き戻せない。  だから、せめておめでとうくらいは俺が言わないといけないのだ。あの世に行って仲が悪いままだと、俺があいつに殴られる。  「あ、ありがと」 照れたように笑うそいつを見て、やっと心が晴れた気がした。  「また、来年も買ってきてよ」 「分かった」 初めて強請られたものがなんとも小さすぎて複雑な気分だが、俺たちはやっと動き出したばかりなのだ。  人間は急に死ぬ。金じゃ買えないものがある。だから、後悔しないように。  ロールケーキなんて…頭のキレるあいつはここまで見越してたのかもな。いや、それは無いか。  まぁ天国で聞けば良い。今度はちゃんと顔を見て、あいつの雑談に付き合っても良いかもしれない。  ただ、それまでは。目の前に座る子供を見て、俺は穏やかに微笑んだ。
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