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翌日、約束した時間に瞬が現れた。 「臣-!」 まるで子供のように手を振りながら近づいてくる。まるで犬のようだと臣が笑う。昨日と同じように、ケヤキの下で、瞬は実家に帰ってからの出来事を臣に聞かせてくれた。臣にとって学生生活も都会での暮らしも特に興味はなかったが、瞬がまるで昔、冒険小説を読んでくれたときのように臣に教えてやろうと一生懸命になっていることが分かっておとなしく聞いていた。 (それにしてもよくしゃべるな) 瞬の話がなかなか終わらなくて、臣が欠伸をすると瞬がひどいな!と口をとがらせた。 「しがたねえだろ、瞬の話が長いんだから」 「だって何年も会えてなかったんだから、しゃべりたくなるだろ」 きゃんきゃんと言ってくる様子は本当に犬のようだ。 「そうだ、これ持ってきた。食べようぜ」 鞄から取り出したのは、草餅だ。ここに来る前に見つけた、地元の婦人会お手製の草餅。包装をとって口に含むとふんわりとヨモギの香りが広がる。 「覚えてる?火鉢の前で餅焼いて食べたよな。ばあちゃんがきな粉持ってきてくれて」 「ああ、あの時は驚いたぜ。俺が見えてるのかと思って」 「見えてなかったらしいよ。でも僕が見えているなら出してやろうって思ったんだって」 「へえ」 あのとき差し出されたきな粉に臣は心底驚きつつも、嬉しかった。自分がそこにいなくともまるでいるかのように振る舞ってくれた。もし瞬の祖母が健在だったなら礼を言いに行きたいくらいだ。 (ああでも見えないか) ひとりで突っ込みながら、草餅をまた頬張る。そういえば十郎が草餅好きだったなあと思い出した。自分でヨモギを摘んでは作ってくれていた。こうして瞬が草餅を持ってきてくれるのが何となく奇跡のようだ。 瞬に出会ってから、深入りしてはいけないと自制しようとしたが出来なかったのは、きっと見守ってくれている十郎が背中を押してくれたのかもしれない。いつまでも一人でいなくてもいいと。ただ、こうして再会できても瞬の暮らす街はここではない。瞬のことだから、休みには遊びに来てくれるかもしれないが、臣は今まで通りひとり暮らすのだ。 (それでも瞬に会えることがうれしい) 臣は素直にそう感じた。 「なあ、臣はここから離れられないの?」 瞬がそう言ってきた。 「一緒に来たら良いのに」 地面に置いていた手に、瞬の手が重なった。臣が驚いて瞬の顔を見る。 「僕、今一人暮らししてるからさあ。ここだけじゃない世界、見に行かない?」 「それは一緒に暮らすってこと?」 「うん。一人でいるより寂しくないだろ」 その言葉に、百年以上前に一緒に暮らそうと言ってくれた十郎の顔を思い出した。 あのとき、和室で暇そうにしていた子を少し、驚かせてやろうとして縁側から覗いたのはちょっとした出来心だった。たまにいたずらするのは『座敷わらし』の性分だ。それなのに、瞬があんなに懐いてくるとは思わなかった。きっと彼もひとりで寂しかったのだろう。 一緒に過ごしているうちに楽しくなっていく。過ごせば過ごすほど、別れが来ることが怖くなっていった。ケヤキにも、心配された。 それでもできるだけ瞬と一緒にいたかった。それは臣にとってはもう友情ではなかった。でもせめて大人になるまで。せめて瞬がここを離れていく日まで。一緒にいたいと願った。 臣は大人になったら見えなくなることを、告げないで別れようと思っていた。瞬が街へもどれば自分のことなど忘れてしまうだろうと分かっていたから。 それでもあのとき、大人になろうとしている瞬の体と気持ちを目の当たりにして、自分の気持ちが抑えられず告げて消えてしまった。その結果、瞬を泣かせ寂しい思いをさせてしまったことを、臣は後悔していた。 それでも瞬はケヤキの宝物を入れているところに、缶バッジを持ってきてくれた。そして宝物にしてくれという瞬を抱きしめたかった。だが見送ることしか出来ず、臣はめったに流さない涙を流した。 二度と会えないと思っていた瞬にこうして会えたそのことだけでも嬉しいのに、瞬は一緒に暮らさないかと言ってくる。 (どれだけ、アイツに似てるんだよ) ケヤキの側で、十郎は笑っているだろうか。 「なあ、瞬。一緒に暮らしてもお前が好奇の目でみられるのは俺は嫌だ。考えてみろよ。他の奴からは俺が見えないんだ」 「他人には独り言を言ってるように見えるんだね」 十郎に向けられた、村人の好奇の目。中にはでたらめなことをいう輩もいた。きっと瞬のすんでいる街はもっと人が多くて何を言われるか分からない。瞬は少し考え込んで、ぽんと手をついた。 「じゃあ僕がこっちに住むよ!」 「はあ?」 思いつきのように言った瞬に、臣があほかと瞬の額にデコピンする。 「いってえ!デコピンなんてどこで覚えたのさ!」 「お前何言ってんだよ、大学ってとこ通ってるんだろ。あと家とか」 「家はばあちゃんの家に住むよ。解体するか見に行ったんだけどまだ住めそうだし。二人で暮らすにはちょうど良いくらいの大きさだし!大学はやめよっかなー。就職だって最近パソコンがあればどこでも職場になるし」 よし、そうしよう!と瞬があれこれ妄想しはじめる。そういえば妄想するのが好きだったなと思いながらもあまりに楽天的すぎて臣の方が心配になってきている。 「ちょっと待てよ、なんでそこまでして俺と暮らしたいんだよ」 「なんでって、臣といたら、楽しいんだ。…おとついまでは覚えてなかったけど」 ごめんねと手を合わす瞬。 「僕、臣大好きだもん」 その言葉に臣は眉を顰めた。じっと臣を見る瞬。まっすぐなところが十郎に似ている。十郎に似ているから惹かれたのだろうか。いやそうではない。瞬は瞬だ、と臣は考える。本を読んでくれた瞬。勉強を教えてくれて宝物を増やしてくれた瞬。 きっと十郎と出会ってなくても、瞬に惹かれていただろう。 (ああ、もう、ぐちゃぐちゃ考えるのやめた!) 「俺も瞬が好きだよ」 臣は瞬の顎に手をかけて唇を重ねた。きっと拒絶されるだろうと思ったが、もう止まらなかった。 一方、瞬の方はといえば体が固まったまま動けなくなっている。 それをいいことに臣は一回離れた唇をさらに重ねる。 「ん…ふっ…」 瞬が苦しそうに声を出したので、臣が唇を離す。 「こういう好きでも、一緒に住める?」 半分やけになって聞く臣。瞬は自分の唇を指で触れて、臣の目を見る。その目は戸惑っているようだ。 「ごめん、臣」 (ほらな) 臣が次に言葉を言おうとしたとき、今度は瞬から臣に唇を重ねてきた。 「…!」
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