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その声に、目の前の青年は大きく目を見開く。
「・・・なんで、何で俺が見えるの」
そして瞬はごんべえに駆け寄ってその華奢な体を思い切り抱きしめる。それはあの日、ごんべえが瞬を抱きしめたように。
「ごんべえ、会いたかった!」
きつく抱かれて思わずごんべえが痛い、というと瞬は慌てて手を離した。少し緊張したような顔で瞬を見つめるごんべえ。ふいに視線を上にして呟く。
「お前だな、俺を瞬に見えるようにしたのは」
そう言うと、ケヤキの幹からまた声がした。
『この坊ちゃんがあまりにも可哀想だからさ。お前だって会いたがってたじゃないか』
「・・・全くお節介な奴め」
瞬がいることを思い出してごんべえは咳払いして、瞬に手を差し出し、照れている様な顔をして呟く。
「おかえり、瞬」
伸ばされた手をしっかりと握って、瞬は大きな笑顔を見せる。
「ただいま、ごんべえ!」
それから二人はケヤキの下で座って話した。ごんべえはやはり『座敷わらし』の一種で、ミサのいうとおり大人には見えない。『座敷わらし』が子供の姿をしている、というのは見えた相手と同年代に写るようになっているから。だから、大人になった瞬が見えているごんべえは、青年になっていたのだ。
そしてなぜ大人である瞬が見えているのかというと、ケヤキのせいだろうという。このケヤキは樹齢千年弱で、不思議な力を持っている。そのためごんべえはケヤキの側で過ごすことが多いのだという。
「ああ、そういえばこれ」
ごんべえが手のひらを開いて瞬に見せる。その手の内にあったのは、あの缶バッチだった。
「・・・瞬がここに入れてくれていたの、見てたんだ。ありがとう」
その言葉に、瞬はまた泣きそうになって目を潤ませる。ごんべえが見ていてくれていたこと。そして何年も持っていてくれたことが嬉しくて。鼻がつんとして、思わす鼻をこする。その様子にごんべえが笑う。
「瞬は、泣き虫だなあ」
とうとう流れてしまった涙を、ごんべえが指で拭ってやる。
「だって嬉しくてさ。もう会えないと思ってたから」
「そっか。・・・あ、あと俺の名前。ほんとはごんべえじゃなくて臣だから」
「え?ななしのごんべえじゃないの」
「名前聞かれたことなんかなかったから、とっさにそれ使ったの」
ふうん、と瞬は言いながらもふと思った。それにしても昔のごんべえーー臣はおっとりしていた印象だったが今の彼はどことなくぶっきらぼうなしゃべり方だ。
(何だかごんべえ、人が変わったみたい)
そう思っていると臣が呟く。
「ごめんね。これがホントの俺だから」
心でも読まれたかのような言葉に、瞬がぎょっとした。
「そろそろ帰らないとお母さん待ってるんじゃない?」
気がついたらもう一時間近くここで過ごしていた。今から帰ったらきっと大目玉を食らうだろう。でも臣とまだまだ話をしていたい。
「なあ、また会える?」
「会えるよ。大人に姿を見られたら、消えることは出来ないんだ。まあ、いままでに大人で俺を見たのは瞬以外には一人しかいないけど。明日はまだいるの?」
「うん。ホテル泊まってまた明日来るよ」
何年も放置していたミサの家は泊まれるような環境ではないので、車で移動して街中のホテルに宿泊することになっている。
「じゃあまた明日な。この時間にここで待ってるから」
「うん。あ!この本、あげる」
すっかり忘れていた地面に落ちたままの本を手に取って、瞬は臣に渡す。その本を見て臣は大笑いした。
「この内容すっかり暗記してんだけど」
「え?ホントに?」
「でも、もらうよ。宝物、増えた」
その言葉に瞬は嬉しくなる。
(宝物っていってくれた)
早く行かないと、と瞬の背中を押すと、瞬は手を振りながら駆けていく。そんな瞬を臣は見送った。
『ホントにいらないお節介だったか?』
ケヤキがそう話しかけてくる。暗記しているその冒険小説の本を見ながら、臣はまた口元を緩めた。
「ああ、ホントにお前も瞬も、余計なお世話してくれるよ」
***
瞬以外に大人になっても臣の姿が見えたのは、過去一人だけだった。
そのころはまだ人々が着物を着ていて、田舎のこのあたりは飢饉がたびたび起きたり、何かと厳しい時代だったが、何故か人々は今より笑顔が多かったように臣は覚えている。
「お前珍しい髪の色だな」
そう声をかけてきたのは、自分が見えないはずの『大人』だった。年齢は二十代後半だろうか。鍬を持って、首にかけた手ぬぐいで顔の汗を拭っている。
「しゃべりたくない?」
ずいっとのぞき込まれた瞳。そのとき臣は何故、この人間が自分を見れるのか理解した。
まっすくな瞳の内側に彼のココロを臣は読み解いた。見かけは立派な『大人』だが、魂が『子供』なのだ。今までにも数人『大人』ではあるが『子供』にちかい魂を見たことはある。だが彼らは臣を見ることが出来なかった。声をかけてきたこの男は『子供』そのものだ。こんな人間は今まで出会ったことがなかった。
「髪は生まれつきなんだ」
臣がそう言うとようやくしゃべった!と男は屈託なく笑った。
「俺、十郎っていうんだ。おまえは?」
「・・臣」
それが臣と十郎の出会いだった。
十郎は何故か臣を気に入って何かと話しかけてくるようになった。
臣の方も、いままで子供としか接していないので楽しくてたまらなかった。釣りへ行ったり十郎の畑を手伝ったり。酒の味を教えてくれたのも十郎だった。
十郎には嫁も親もおらず、ひとりで暮らしていたため、家のない臣を不憫に思い一緒に暮らすように提案した。臣は怖じ気づきながらも、十郎と過ごす時間が増えるならと承諾した。そうやって楽しく過ごしていた日々。ある日十郎は、寝床に入ったときに臣を見ながら言った。
「俺はお前のその髪と瞳が愛おしい。なあ、臣は俺が嫌いか?」
うすうす分かっていた気持ちに臣は生唾を飲んだ。十郎が自分を欲していることに。そして自分も十郎を欲していたことに。
「・・嫌いなわけないだろ」
その言葉を聞いて、十郎は大きな大きな笑顔を見せる。そしてそのまま臣に口づけした。
十郎の様子がおかしいと村の中でも話題になっていたことはわかっていた。
周りには臣が見えていないため、十郎は完全に独り言を言っているようにしか見えないのだ。中には十郎にどうしたのか、と聞くものもいたが十郎は特に答えなかった。どうやら臣がみんなに見えていないことに十郎は気づいていたようだった。
それでも臣に聞かなかった。臣をひとりの人間として接して、愛してくれたのだ。
そうして長い間二人は暮らしていったが、終焉は必ず訪れる。
十郎が病に伏せてしまって、臣が必死に看病するもどんどん弱っていく。それでも十郎はひとりになってしまう臣を心配ばかりしていた。
「俺が死んだら、臣はひとりになっちまうな。だけど、あの神木様の側から臣を見守ってるからよ」
「ばかやろ、そんな縁起でもないこと、いうな」
その時に見た笑顔は、最初に出会った十郎のままで。
それから数日後、十郎は帰らぬ人となった。
「俺はもうあんな思いこりごりなんだよ」
ケヤキに聞こえるようにそう言うと、枝が揺れた。
『お前がここにくるようになったのも、それからだったな』
十郎があのとき言った『神木様』はこのケヤキのことだ。十郎がいなくなった後、臣は自分の傷を癒やすかのようにここに来るようになった。そして十郎がこの世にとどまるわけがないと思いながらも十郎を感じられるような気がして、ここにいつもいた。
「あーあ。なんで瞬に見えるようになっちまったかな」
『おいおい、儂のせいだけじゃないぜ。儂は一瞬見せてやるぐらいのチカラしかねえからな』
「でも瞬は十郎みたいに『子供』だけの魂じゃない。なんで俺が見えるんだろうな」
『さあな』
「・・お前なんか分かってんだろ。このクソじじい」
ははは、とケヤキは笑うとまた枝を揺らした。
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