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さきほど臣がしてきたように、瞬は唇を一度離しては再度重ねる。そしてまた離れた。 離れていった唇の感触に、今度は臣の体が硬直する。瞬は赤くなった顔を臣に向け、話す。 「昨日、高校の時の恋愛話したよね。…わざわざ言わなかったけど、相手男だったんだよ。僕さ、女の子に興味ないの。それってさ、多分ごんべえ…じゃなかった臣が原因だと思う」 「どういうこと」 臣が生唾を飲み込むと、瞬が少し微笑む。 「僕、あのとき多分臣に恋してたんだと思う」 断ち切られた記憶は潜在意識の中で、臣を求めていたのか、振り返ってみたら高校のときの彼も、その後付き合った子も臣にどことなく似ている。ほらほら、とスマホの中にはいっていた写真を見せる。 「…似てるか?こいつだったら俺の方が勝ってると思うけど」 写真を指さしてまじめにそう言う臣に瞬は大笑いする。臣ははじめ、キョトンとしていたが瞬が楽しそうに笑うものだからつられて笑う。 それにしてもこんな小さいものの中に写真が入ってんだな、と臣は興味津々だ。 「なあ、臣。今は家にいてもネットで世界のあちこちが見れるんだ。臣がまだ見たことのない世界を一緒に見ようよ。あの時の冒険小説みたいにさ」 じっと臣を見る瞬。その時どこからか風が吹いて臣の髪を揺らす。それはまるで十郎が喜んでいるかのように思えた。 「僕も臣もお互い好きならいいじゃん」 口を尖らせて、そう言って臣の返事を待つ瞬。 いつまで一緒に入れるかは分からないけど、どうせなら、一緒に暮らしたい。それがいつか終わるとしても。終わりがあるからこそ、一日一日を大切に過ごせる。十郎との日々もそうだった。それなら瞬との日々もまたきっと楽しくて愛おしいものになるだろう。 「分かったよ、瞬。瞬が飽きるまで一緒にいてやるよ」 その言葉を聞いて瞬はまるで子供のような笑顔を見せて、そのまま臣を抱きしめた。 「やった!」 力の限り抱きしめてくる瞬。その力の強さに、瞬の思いが感じられて臣は今さらながらに照れてしまう。 「お前、力加減しろよな」 臣にそう言われても瞬は手を緩めることなく、今度は臣の顔に頬ずりしてくる。 (ああ、もうほんとに子供みたいだな) 臣は左手を抜いて瞬の頭をなでる。瞬は嬉しそうに微笑んでいた。 そうして。 瞬と臣は半年後に一緒に暮らしはじめた。大学を中退してミサの家に「一人暮らし」すると恵美子に告げたとき、たいそう驚いていたが反対はされなかった。父親にとっても自身の実家であるミサの家を解体しなくていいことに感謝すらしていた。 雑草が多い茂っていた庭を手入れして、少し痛んでいた家屋は自分たちで修繕した。それでも素人の手に負えない箇所は父親が工務店に頼んで修繕してもらい、夏真っ盛りの日に引っ越しが完了した。当日は両親も手伝ってくれて、すっかり元通りになった家に大喜びしていた。こんな親孝行もありなのかな、と瞬が思っていると、三人の様子を台所から見ている臣に気がついた。瞬がこっそりピースを見せると臣は笑う。 一週間後には、瞬の友人である古賀と三浦が遊びに来た。高校、大学と同じだった二人は家に着くなり畳、落ち着く!と喜んでいる。 「それにしても思い切ったよなー、大学中退して田舎で一人暮らしなんて」 瞬が準備した昼食のそばを食べながら三浦が言うと古賀も頷く。そんなに田舎暮らししたかったの?と聞かれて瞬は苦笑いをする。 「そういえばさ、なんでそばもう一個おいてあんの」 三人しかいないというのに、そばが四人分テーブルに置いてあることに古賀が不思議そうに聞く。 「うん、もうひとりいるからね」 「……?」 三浦と古賀は頭をかしげるが、瞬はそれ以上何も言わなかった。 「そういえば昔聞いたことあるぜ。田舎で子供が友達を家に連れてきてさ、親におやつをせがんだら、人数分持ってきたのに一つ足りないって子供が言うんだ。親は何度も見るけど人数はあってるんだ。それってさ、子供にしか見えない子供がいるんだって」 「聞いたことある。『座敷わらし』だろ。そういえばここもいそうだなあ。そっか、瞬には見えてるんだねえ」 はははと笑い合う二人に瞬は思わず笑い、視線をそのそばのほうへ向けると、そこには半分ふくれっつらの臣がいる。 「なんだこいつら、俺を子供扱いしやがって」 臣がそう言うので、瞬はますます笑ってしまう。もし、三浦と古賀にも臣が見えていたら良い友達になるかもしれない。 「そば食べ終わったら、西瓜冷えてるから」 「縁側で食べたい!隼人、種飛ばして遊ぼうぜ!」 「ガキか!」 大笑いする三浦と古賀。そして瞬。三人を見ながら臣も釣られて笑った。 古賀と三浦はその晩、ここに泊まることとなった。みんなで花火をして、まるで夏休みのような一日。ただ違うのはビールを飲んでいたことくらい。すっかり酔っ払って二人は別室で寝息を立てている。 「臣、寝てる?」 隣にいる臣に話しかけると、もぞっと動いて臣が瞬の方に体を向ける。真横に来た臣がちゅ、と頬にキスした。 「今日一日できなかったからな」 一緒に住んでみて分かったことは、臣がそうとう甘えたがりだということ。口は悪いが気がついたらすぐ甘えてくる。 「もお、すぐキスするんだから。でも臣、楽しかった?」 「おう。あの二人いい奴だな」 西瓜を一切れ多く出しても、何も言わなかった。花火をするときなんて、三浦はもう一人の子に火がかからないようにしなきゃと言っていた。彼らにしてみるとただの遊びだったのかもしれないけれど、臣は全否定されなかったことが嬉しかったのだ。 「また遊びに来てもらおうね」 臣の髪を触りながら、瞬がそう言うと臣は小さく頷いた。 「ありがとうな、瞬」 そういうと唇にキスしてきた。深いキスとともにモゾモゾと手が瞬の体をまさぐっている。 「今日は駄目だよ!あいつらがいるんだから」 「どうせ見せねえだろ」 「駄目だって!声が出ちゃうから!」 笑い合う二人。来年も再来年も、ずっと一緒にいよう。 その後、瞬は児童書の作家となった。子供向けの作品を発表し、人気作家となる。代表作は田舎の座敷わらし「ごん」を描いたシリーズだ。児童書としてヒットした後、絵本にもなり小さな子から大人まで愛されるキャラクターとなる。 絵本を見た子供が児童書を読み大人になりその絵本を我が子に読ませていき、「ごん」はいつしか語り継がれるキャラクターとなった。 生涯、独身を貫いた塚山瞬はずっと同じ家で暮らしていた。そのそばにいた臣の存在は誰にも知られていない。だが瞬は臣が一人になっても寂しくないように「ごん」を遺してくれた。 「僕からの宝物、追加しといてね!」 瞬は「ごん」の本が出版されたとき、臣に一番に手渡した。臣は笑ってその本を手に取る。表紙には淡いタッチの子供が二人、描かれていた。 「はいはい」 その本を本棚に置く。隣にはおはじきと、缶バッチとケヤキの下で瞬からもらった冒険小説が置いてある。そのほかにも数え切れないほどの瞬からの宝物が飾られていた。なにより一緒に暮らしているこの日々が宝物だ。その宝物は臣の中で永遠に光り輝くだろう。 【了】
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