ダメ父

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     *  明治通りを横切る前から、右車線に注意する。間違えて六本木通り方面へ入ってしまった車が、こっちへ車線変更してくることが多い。  案の定、左ウィンカーを点滅させた車が、一台二台とこちらのレーンに入ってきて―――。  と、一つ前の車両がクラクションを轟かせた。  続いた三台目が、車線から左足を少しこっちにはみださせ、とまってしまっていた。  黄色いフィアット。  入るタイミングが悪く、警笛の驚きでブレーキを踏んだか。  進路妨害される形になったほうは、今一度怒りの音を表すと、黄色の横っ腹をかすめるようにしてスピードをあげていった。  俺は最徐行にして、パッシングを一つ。  それでフィアットは、分岐のブリンカーライトを目前にして、なんとかこっちに入り込めた。  そしてすぐ、ハザードが二回点滅。―――「ありがとう」のサイン。 「お礼はいいんだけど、無理は禁物」  テールの若葉マークにつぶやいた。  それから俺の前の古いイタリア車は、よたよたと金王坂(こんのうざか)をのぼったが、予想通り、頂上の信号によって中腹で足留めされた。  ゆったりとった車間。  うつむき加減の顔で改めて見る老体は、再塗装などはしていないのだろう、くすみを隠せないでいた。  同じく黒ずみを免れていないナンバーは横浜のもの。 [・・24]  先の車が動きだした。  坂道発進……いけるか?  ブレーキランプが消える。途端、まるっこいテールは後退を始め―――。  がんばれっ!  ―――が、再び赤ランプが灯されることはなく、かわりに、「なにくそ!」というように唸りをあげたエンジンが、大きくはない躰を押しあげた。  ほっと息を洩らした俺は、彼女の無事登頂を見届けると、車線を変えた。  黄色いシルエットは瞬く間に、サイドミラーの中で小さくなっていった 。
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