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ダメ父
なにかしらの“欠片”を得られないか……。
自然と耳は、後部からの会話を拾っていた。
と、遠くで響いたクラクション。
いけない。
鼻梁をこすり、意図せず穿たれていた集中力の隙間を埋めた。
日曜日があてられた立春の今日。国道246号線の上りは、いたってスムーズな流れをつくっている。
直、目的地。
左にウィンカーを出した。
刹那、
「免許とったら、あたしの誕生日はあたしが運転してくる」
飛び込んできた揚々な声に意識を奪われた。
「それは怖いな~」
「だったら、パパはひとりでついてきて」
ちょっとムッとした音がパパの笑いを誘った。
「ありがとうございました。お気をつけて」
営業スマイルで降ろした本日最後の客。娘の腕には、リボンつきのカラフルな袋がしっかりと抱かれていた。
遠ざかっていくその二つの後背を歩道に見ながら、脳が囁いた。
「免許をとったとき、彼女は、そして父親は、さっきの会話を思いだすだろうか……」
助手席に置かれた乗務記録をとる。クリップボードに挟まれたそれの上に重なるのは、有名絵画の絵ハガキ。
それは、娘へのバースデーカード。
返事の返ってくるはずもない、便り。
気づくとボールペンを持つ手がとまっていた。
いけない。
と、その手が鼻筋にいく。
子どものころ、妙なでっぱりが気になり、へこませようとさすっていたのがそのまま癖になった。やめようと注意していても、未だ無意識に出てしまう。
〈4:11pm〉
インパネの時計を確認し記入を終えると、フロントウィンドーの表示灯を「回送」にする。
信号で堰きとめられ、流れを途絶えさせた車線に車をすべり込ませるのは、過去に戻りかけていた頭でもたやすかった 。
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