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あの時、濃かった潮の匂いは、今ではかなり薄まった気がする。
だって、同じ匂いは、海が見える場所まで行かないと漂って来ないから。
その日、訪れた場所では、震災瓦礫の山の中で、一本の桜の木が満開の花を咲かせていたんだ。
元からそこに植えられていたのか、よそから津波で押し流されて来たのか。
面影さえもぼやけてしまった故郷では、僕は答えを知ることができなかった。
僕の手を引いていたのは、疲れきった顔をしたお母さんだ。
これがうっすらと僕の頭に残る、この場所の記憶だ。
だけど、あれから十年という時間が積み重なった。
これからも僕の記憶はアップデートされ、徐々に形を変えていくのだろう。
今想い出している記憶だって、相当脚色されている気がする。
まさか、十年後のこの日に、僕が再び桜の前に立つことになるとは想ってもみなかった。
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