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四月七日 水曜日
「そこで何してるんですか?」
西洋南高校の入学式も終わり、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下に腰掛け真っ白な用紙と向き合う僕の元に春風の如く現れた女子生徒。
髪の毛は肩くらいの長さでセミロングヘアーというやつだろうか。そして、満点と言える程に釣り上げられた口角は、人の良さを感じさせる。
僕が顔も合わせずに黙り込んでいると、返答を促すかのように彼女が再び声を発する。怪訝そうな声色はなかった。
「あの、あなたに言ってるんだけど…。えっと、中森…楓君、で合ってるかな?」
僕の名札に視線を落とすと同時に垂れ落ちる髪の毛。それを耳にかける彼女の姿はとても絵になっていて、素直に美しいと思わされた。
近くにいる女性を美しいと感じたのは初めての事で強張ってしまい、声が出てこなかった。緊張しているだけなのだと伝えたいが、その術もなく。
彼女は何かを悟るかのように笑みを浮かべ「じゃあ」といい走り去ってしまった。
一人になった途端に漏れる吐息。
この場に残ったかすかな甘い香りは彼女の笑みを思い出させる。そんな事を考えている自分が気持ち悪くて、この場を立ち去った。
一年後。四月九日 月曜日
西洋南高校では昨年よりも二日遅れて入学式をしている最中だ。
今日から高校生活も二年目になるのだが、気に喰わない事が一つだけあるから言わせてもらいたい。
今年の一年生は僕らよりも二日遅い入学なんて不公平だ。土日を挟んだかなんだかは知らないが、ただ単にずるいのだ。去年の僕らが、入学式を行なっていた日が今年は休みだなんて。
愚痴の一つでも口にしたい気持ちはあるが、残念なことに僕には愚痴を言える程の友達がいない。いや、今年からはいなくもないのかも知れないが、まあいない。
無駄に長くてかったるい入学式を終えた僕らは各教室へと歩を進める。そして、新入生が写真撮影やらで忙しくなるため、結果的に教師側も忙しくなる。となれば、帰宅させられるのが当たり前だろう。
だが、この高校は効率を重視しているようで簡単には帰宅させてくれやしない。その事をこの一年間でよく理解している。勿論、合意はしていない。あくまでも、理解しているだけだ。
教師の手が空かない時、この学校では生徒だけで出来ることを生徒進行で行なわれることになる。その進行する生徒とやらは基本的には学級長だったりするのだが、そんなことも決まってはいないこの段階では、教師の独断と偏見で選ばれた哀れな生徒が進行を務める。
クラスも替わり、賑わったこの空間を沈める事は難しいなんてものじゃない。もはや不可能とすら思えてくる。
そして、僕のクラスでそのハズレくじを引いてしまったのが梅田修一通称梅ちゃんだ。
梅ちゃんの梅は苗字から来ているのかとも思われるが、実は違う。
梅ちゃんはサッカー部に所属するスポーツマン。そして、丸坊主。どうやら丸坊主のシルエットが梅干しみたいで梅ちゃんらしい。なんて酷い由来だろう。
そして、ハズレくじを引いた人材がこのクラスにはもう一人いた。
小金川響子だ。
去年の入学式の後、声をかけられた事があるのだが彼女はもう忘れてしまっているだろう。彼女の物覚えが悪いとか、そういう意味ではない。
小金川さんは、この一年でかなりの有名人になっていた。
校内の行事は全て表役に周り、学級長を務めたりとそのリーダーシップは誰もが認めている。それどころか、定期テストでも常に上位にランクインしている。彼女みたいな人を優等生と示すのだろう。
そんな事を考えながらも、教卓に両手を打ち付けた梅ちゃんが話し出したため耳を傾ける。
「えーっと。そしたら、まず自己紹介を進めておくよう言われてるので、自己紹介からやります」
「おう!よろしく頼むな梅!」
勢いの良い声が教室内に響き渡った。
「大樹うるせーよ」
すぐさま、梅ちゃんのツッコミが炸裂し、クラスは微かな笑いに包まれた。
因みに、今バカみたいな声を上げたのは吉野大樹通称大吉だ。姓と名を一字ずつくっつけただけのシンプルな愛称だ。面白味がないのは、きっと僕が付けた愛称だからだ。
恥ずかしながらも、僕と大吉は中学時代からの腐れ縁で正直仲も良い。
他のクラスメイトには言えない事も、大吉になら言えたりする。そして、その光景を見つけた梅ちゃんが、僕のことを面白い奴だと勘違いして、結果的に仲良くなった。それも、かれこれ一、二ヶ月前で最近の話だ。
それまでは、大吉と話すかたまにパソコン部のクラスメイトと会話する程度だった。
特にこれといって面白い話があった訳ではないけれども、まあ、何となくっていう曖昧な理由だ。
自己紹介を始めようとする梅ちゃんの発言に噛み付き続ける大吉。クラスはそれだけで明るく温かい空間に変わるのだが、話が一向に進まないのも事実。
その事の気がついたのか、小金川さんが話し始める。
「名前の順番で一人ずつ前に出て自己紹介していきましょう。先生から言付かっている、自己紹介する上での必要項目は黒板に板書するので、他にも何か言いたい事のある人はご自由にどうぞ」
そう口にするや、小金川さんは黒板に文字を書き始めた。
自己紹介での必要項目と横書きに記された下に縦書きで必要項目とやらを三つ書き記した。
一つ、名前。
二つ、誕生日。
三つ、所属している部活動。
四つ、おまかせ。今年一年お抱負など。
小金川さんが書き終えると十分間の猶予が与えられた。というか、梅ちゃんが教卓にいるだけの役立たずに見えてくる。恐るべき、小金川響子の仕事力。
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